2008年02月23日

音楽の「言語性」とは?(143)

ショスタコービチ「交響曲第13番」の第2楽章には、彼の交響曲では多くみられる通り「スケルツォ楽章」が配置させられているのだが、前回述べたように、いつもの「場面転換」的な意味とはやや異なり、いわば「再起動」が主眼とされているため、音楽は彼得意の「ひねくれた調子」より「もっと芝居がかった」、オペラの一場面のような喜劇性が強調されるものとなっている。
無論、それはテキストの流れに沿った形で行われているのだが、その身もふたもないタイトル「ユーモア」に即して、かなりパロディックであり、彼が若い頃から好んでいた通俗音楽の調子(かねてから、「スケルツォのトリオ部」などには良く用いられているのではあるが)や民俗音楽、「第11番」をでっち上げるきっかけにもなった「革命歌」の引用まで飛び出して、これらが楽章全体を覆い尽くす。
これらが、いわば「庶民の音楽」を意識した結果であるのは確実であって、彼自身の「いつもの調子」の出現も含め、その「意図する所」は明らかであろう。
(ここでの、「やや度の過ぎた」筆致や、彼独特のキンキンした管弦楽の音色も、声楽の「渋い音色」で幾分中和される上、その音色が「皮肉っぽさ」も強調する効果も生み出している。)
声楽部の扱いは、ここでもムソルグスキーの「影響」が良く指摘される所で、例の有名な「蚤の歌」とも根本的に共通する所のある詩の内容(擬人化された「ユーモア」が、権力やその暴力にも屈しない自由闊達さで暴れ回る、といったものだが、処刑場に引かれていく、という点も含め「ティル・オイレンシュピーゲル」を思わせる点がある。無論、R.シュトラウスとは違い、ここでは「逃げおおせる」のではあるが。)もあってか、誰が聴いても「彷彿とさせられる」類のものである。
ともあれ、詩に沿った進行のため、通常の「スケルツォ」の形式は「下敷き」程度のものに留まっているが、「無声のコメディー映画の伴奏音楽」のようなそれは、冒頭から「音楽的滑稽さ」の羅列であり、木管のハ長調の和音に続いて現れる弦のユニゾンによる「des-ges」の遠隔調の動き、変ホ長調と思われる音階的上昇の反復、変ホ短調の下降分散和音、固執されるハ長調和音の繰り返しと続く「空中分解のような開始」は、結局「得意のギャロップ調」になだれ込むものの、その先も同音反復ばかりのぶっきらぼうな独唱、かけ離れた音程での合唱の入り、という具合に、「脈絡の薄い要素」の「唐突な併置」というハイドン以来の「大原則」を忠実に守っており、それは歌詞など無くとも「そのようなもの」であることは明らかに解る。
(この「解りやすさ」はショスタコービチの音楽では「むしろ異例なもの」で、交響曲の「スケルツォ」では「第5」のそれがやや近い。ここでは詩の流れに「添う」関係で、「形式」が極めて曖昧だが。)
以後、ワルツ調(それこそ「第5」を思わせるソロ・ヴァイオリンも出てくる。)や、冒頭楽章の開始をもじった民俗音楽調の部分、という具合に続くが、この後で現れる印象的な管弦楽の「やや長い間奏」は、彼自身の「同じような歌詞を持つ歌曲の引用」とされ、それは「間違いなくその通り」なのだが、「裏読み」が過ぎるのかどうか、これを曰く付きのバルトーク「管弦楽のための協奏曲」の例の第4楽章、「第7交響曲」を茶化したという音楽に出てくるメランコリックな旋律の「もじり」だという「説」があるらしく、これについては作曲家がそれと言明していない限り(仮にそうだとしても言わないとは思うが)「眉唾」としておこう。確かに「その一件」以来、「バルトークの音楽と思われるもの」が彼の作品に「強迫的に」現れるのは述べた通りだが、これも繰り返す通り、彼の「フィルター」は「かなり甘い」のであって、「過去に聴いた音楽」とか「書いた音楽」が容易に、無意識に「新作に入り込む」確率が高く、「本当にそうかどうか」は、ただ「本人がそのつもりだったかどうか」の一点にかかっているため、真実はまさに「霧の中」なのである。(それに、そもそも当のバルトークの「メランコリックな旋律」自体が、「ハンガリー人なら誰でも解る引用」の類らしいことには触れておこう。そして、「バルトークの」ならば「こうしたこと」は間違いなく「確信犯」なのである。)
ともあれ、これは額面通りの「ふざけた間奏」と採るべきであろう。
「引用の解釈」は「実際の音楽」よりも「それを立派に見せる」危険があり、繰り返す通り、ショスタコービチの場合では、「本当に買いかぶり」である可能性が相当に高い。
ともあれ、ドイツ流の「フモール」とはかけ離れた「乱痴気騒ぎ」は、その旋律と共に、彼の若い頃の闊達さを思い出させながら、目出たく「打ち上げ」となる。
そして、これを最後に、彼はこのような「陽気な音楽」を書かなくなるのである。(以降、次回。)

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2008年02月16日

音楽の「言語性」とは?(142)

ショスタコービチの「交響曲第13番」が「バビ・ヤール」と呼ばれるのは、その第1楽章がその題を持つ単一章のカンタータとして作られたことの名残りでもあるが(これは最初「交響的ポエム」という、「ちょっと困った名前」で呼ばれていたようである。)このために通常の「交響曲の冒頭楽章」が果たすような役割、即ち、「全曲を規定するような音楽的モティーフの提示」であるとか「中心楽章」としての「アレグロ・ソナタ」を満足させるようなもの(そもそもショスタコービチではこれが「難しいこと」ではあるのだが)は期待出来ない。
前回述べたように、この「交響曲」では、詩の内容に応じた全体の「方向性」「関連付け」は行われるにせよ、それは冒頭楽章で規定される、というよりは後続楽章によって「継承される」ために「持続」が生じているのであって、しかもその「連続性」は決して強い訳でも無い。
さて、この第1楽章が「交響曲への昇格」にあたって何か変更されたり、拡大されたり、というようなことがあったかどうかは良く解らないが、むしろ「出来具合」を見て「続き」を書こう、と思い立ったというのが筋、という所で、このおかげで、そのまま単一章のままであったらせいぜい「問題作」程度で埋もれただろうと思われるものが、「大きな成果」までに昇華したのである。
構成は詩の内容に沿って生じているが、暗く重い第一主題部とややスケルツァンドな第二主題部、推移部と第一主題部に基づくクライマックスを経て曲頭の雰囲気に戻っていく、という具合で、各部が詩に応じて変化し、それぞれ長さも変わるため、ロンド・ソナタ形式の名残があるようにも見える。
序は無く、いきなり第一主題部から始まるが、これは自然短音階による低音部の旋律に金管の半音階的上昇に始まるモティーフが対比される二層構造であって、これは「単一的でない」性格、この曲の「批判精神」を反映しているとも思えるが、彼好みの「長ー長ー長ー短ー短」の四拍子の引きずるようなリズムの反復を伴って、強い短調の性格と共にこの楽章の基調を形作る。
開始と同時にチューブラ・ベルで主音の変ロ音(変ロ短調の調号が与えられており、フィナーレも明確に変ロ長調で書かれている。)が鳴らされるが、これはフィナーレの最後でも余韻を残し、この「交響曲」の統一感を与える、単純だが極めて効果的な手段となっている。これが「弔鐘」であることは明らかで、友人でもあるブリテンの最高傑作「戦争レクイエム」で同じように曲頭と結尾で鳴らされる「鐘」を思い出させるが、奇妙な事にこの二作品はほぼ同時期に書かれており、「何らかの影響」は前後関係というよりは、二人の作曲家の「交流」がもたらした「偶然の一致」か「アイディアの共有」というものかも知れぬ。(但し、ブリテンの作品の初演後にショスタコービチは「残りの四楽章」を仕上げており、この「鐘」が「後から付け加えるもの」としては極めて簡単な手段であることを考えると、冒頭の鐘の音自体、ショスタコービチが「拝借して」後から書き加えたものである可能性は高いような気がする。この曲が「交響曲」となったのも、ブリテンの最上の作品の「影響」かも知れぬ。不勉強にして「この関係」について触れているものを読んだ事が無いが、「全く関係無い」とは私には到底思えない。)
第一主題部の旋律の運びはいかにも「ロシア風」であって、彼自身の「第11番」を埋め尽くした例の陰鬱な雰囲気とも近いが、とにかく声楽部は調性的、自然短音階的な色合いが強く、彼の偏愛する短三度、短二度音程の「徹底的な作曲」の感がある。これは第二主題部においても同じであり、いずれにせよこの「伝統的ロシアスタイル」は、どうしても「ボリス・ゴドゥノフ」を思い出させる音調と共に、「抑圧された民」のヴィジョンを蒸し返している。(彼がここでムソルグスキーを思い出しているのは次作「第14番」へのその影響=彼はムソルグスキーの歌曲集「死者の歌と踊り」のオーケストレーションまでしている=を考えても、確実なように思われる。)
彼の作品として特に目新しい構成などは見られないが、ここでも、主部の再現とクライマックスを一致させる、という彼の交響曲でお馴染みの手法があり、これは彼の「主系列」の作品である「第5」「第8」「第10」などと同じであり、この音楽を「交響曲」と思わせる効果を持っている。
もっとも、それらの作品とは違ってそもそもが単一章であるために「語り終えること」が求められていることには変わりなく、結びにかけて増していくレチタティーヴォ的要素による強調もそれを示しているのであるが、そのため続く楽章が同じように「スケルツォ」であると言っても、他の交響曲ではそれが全体の流れの「中断」を示しているのに対して、「第13」では「再開」である、という本質的な違いがあり、このため、この曲の第二楽章は「過度なまでに道化ていること」が要求される。
そこに用いられた詩、「そのものずばり」のタイトル「ユーモア」はそれを正統付けるにはもってこいの「素材」なのである。(以降、次回。)
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2008年02月09日

音楽の「言語性」とは?(141)

ショスタコービチの「交響曲第13番」は、彼の晩年を飾る「三大交響曲」の最初のものではあるが、「交響曲」としての外観は楽章配置の仕方にその名残がうかがわれるものの、実際には多楽章の「カンタータ」であって、例の「森の歌」などとその意味では大差無い。
そもそもこの曲は、エフトゥシェンコとかいう若い詩人の「バビ・ヤール」という「ユダヤ人、ウクライナ人がナチス・ドイツによって虐殺された土地の名が付けられた詩」に触発された作曲家が単一楽章のカンタータを書き、特に「以後の展開」については念頭に無かったというのであって、しばらくたってから「交響曲」の形に膨らまそう、と思い立ったらしく、この際に同じ詩人の別の詩を持ち出してきて、さらに新しい詩を一つ提供してもらい最終形態とした、という成り立ちを持ち、このため「寄せ集め」という訳ではない「脈略」が、それなりに設けられており、少なくとも友人ブリテンの「春の交響曲」よりは「それらしい仕上がり」となっている。(これはマーラーが「大地の歌」を「歌曲集」のつもりで書き始めたものの、結局「交響曲」に他ならぬ、ということで仕上げた、という経緯を幾分思い起こさせるが、この前例を彼は知っていただろうか。)
詩の内容は、それぞれ特に関連性がある訳では無く、とりわけ深刻な内容である冒頭楽章以後、ソヴィエトの社会批判や体制批判的な内容という点で共通性はあるものの、あくまで作曲家の「配慮」によって全体の纏まりが確保されており、ここに「交響曲」たる由縁も見る事が出来よう。(「第13」全体が「バビ・ヤール」という名で呼ばれるのは、このため適当なことではなく、もっと何か「象徴的な名」が必要であったろうが、むしろこの際、削除して呼ぶべきであろう。)
さて、端緒である「バビ・ヤール」がファシストへの糾弾だけであれば問題は無かったろうが、実際には「ロシアにおけるユダヤ人問題」についても触れている、となると事は穏やかでは無く、他の楽章が「もっと露骨な」体制批判とも取れる内容とあっては、この「国民的大作曲家」の作品の歌詞が「一部訂正を強いられた」、というのも無理からぬ話で、他にも「演奏拒否」という事態まで引き起こしたらしいのだが、それにしても、前二作の題材の選び方からは想像も出来ぬような「危険な問題」に取り組む、という「ぶれ方」は理解し難く、同じ人物とは考えられぬようなものである。
ともあれ、「全曲に渡って歌われる交響曲」は彼としても初めての試みであり、「前例」として有名なのはメンデルスゾーンの「2番」や、マーラーの「8番」や「大地の歌」、ヴォーン・ウィリアムズの「1番」などがあるが、彼がここでもマーラーを拠り所としているのはおそらく確かであろう。(それまで彼は非常にイレギュラーな「第2」と「第3」でしか声楽を用いなかったが、それらはむしろ「添え物」のように響いていて、そこでは重要なのはむしろ管弦楽部における「実験」であるように見える。)いずれにせよ「詩」は相当に重視されており、時折現れる比較的長い管弦楽部や、マーラーの「第8」ほどには厳密では無いものの、楽想の共有と変化による書法が「交響曲」としての面目を保つ。
第3、第4楽章がやや似通っているものの、ここではショスタコービチの典型的な「パレット」が総動員され、最良の形で纏まった観があり、声の使用のためか晩年に向かって色濃くなる、痩せたテクスチュアや気難しい無調性の影も薄く、重苦しい内容の割には聴き易く、解り易い。
その「声」がバス独唱とバス合唱、という異例の形によっているのは、無論ブリテンのような「同性愛趣味」が影響したものでは無く、そもそも冒頭楽章がこの編成で書かれ、それが継承されたものであろうが、「混声を使用した場合」における「コミュニティの雰囲気」を出さぬ、テーマにふさわしい「プロテストの感じ」を良く現わしており、大成功と言えよう。
そして当初感じられたかも知れぬ「生々しさ」も薄れた現在となっては、おそらく彼の「最良の作品の一つ」であるらしいことも明らかとなったが、残念なことに当初の「ケチ付き」もあってか、なかなかディスク以外では耳にすることが出来ない。(以降、次回)

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2008年02月02日

音楽の「言語性」とは?(140)

さて、内容、価値の善し悪しはともかくも、作品を積み重ねて「交響曲作家」にとっての「運命の数字」である「第10」を無事クリアしたショスタコービチではあったが、その後の「第11」「第12」では「ほぼ堕落に近い」とも言えそうな、恥も外聞も無いようなものを「交響曲」として発表する、という「ご乱心ぶり」となり、この有様からして=「当局」以外は別としても=最早、彼に「この分野で何か期待する」のは到底無理なようにも思われた。(とは言え「他の分野」に「特筆すべき物」があったとも言えず、お仲間の為に書かれた協奏曲とか、何故か過大評価される、数の割にはどうも中身の乏しい弦楽四重奏曲などが「主なもの」であって、他の作曲家の一部に見い出し得る「晩年の充実」には程遠く、ごく一握りの作品を除けば、御立派な「作品表」とも言い難い。)
実際、この有名な「シンフォニスト」は「第10」を最後に、「栄えある交響曲の歴史」を継ぐような「まさにその名にふさわしい作品」を結局書かなかったのは既に述べた通りである。
さきの二曲は無論「選外」としても、彼の作品としては「傑作」と言って良い最後の三曲も「そういう意味」では結局の所「異形」と呼ぶ他無いもので、「第13」は実質的には「カンタータ」であり、「第14」は「オーケストラ伴奏による連作歌曲集」なのであって、これらがわざわざ「交響曲」と呼ばれているのは「構成上の理由」とか、彼には求め得ない「綿密な主題連関」とかの理由ではなく、その「内容的なヴィジョン」の大きさ、広さによって「その名がふさわしい」とされているからであり、この意味では相当に偏狭なものである「第2」や「第3」、どうみても「交響詩」でしかない「第7」や「第11」「第12」などよりは余程「その資格」があるとも思える。
逆に外見上では唯一「交響曲らしいもの」である「第15」は、しかしその「器」が「極めて自伝的な内容」と「引用とパロディー」によって見事なまでに「意図的に骨抜き」にされており、他の二作と比べても、かえっていまだに聴き手を惑わせる、見ようによってはショスタコービチの「様式の集大成」と言って良いようなものとなっている。
「第13」は当初から「交響曲」として構想されたものでは無いというものの、これらの三作は最終的には「三部作」のような纏まり方をしており、彼が「殆ど死を覚悟」して、「遺言」として書かれた、とも言われる見事な「第14」を中心として、文字通りの「最後の一花」を聴かせてくれる。
「第15」の一見意味不明な内容も、なお生きながらえた末の「最後の交響曲」として狙い済まして書かれていることは明らかで、もはや感傷味の抜けきった不思議な音を鳴らし続ける、自然現象をそのまま映し取ったような、妙に静謐なコーダを響かせて別れを告げるまで、これはこれで見事な「締めくくり」であって、ベートーヴェンでもマーラーでもなかったショスタコービチの「交響曲」を、最後には彼らしく皮肉っぽく閉じていく「幕引き」である。
これらが無くてはショスタコービチの「作品表」は相当「お寒いもの」になることは確かで、例え「第5」が未だに「最高の人気作」であるとは言え、彼が後世に余韻を残す作曲家であるためには、
先に述べた「弦楽四重奏曲」などでは「事足りる」とは到底思えない。
不思議な事に、ここではショスタコービチの音楽は、まだ「豊かさ」を残しており、「ヴィオラ・ソナタ」にしびれる向きには不満だとしても、彼の美点でもある「ポピュラリティ」と「内容」が高いレヴェルで調和した、ショスタコービチの「最高の作品」を見て取れるのである。(以降、次回。)

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2008年01月26日

無題ーハイドンのミサ曲について

いい加減に再開しようと思っていた矢先、風邪をこじらせてしまい、またも遅れてしまったのだが、いざ始めようと思ったら、このところハイドン晩年のミサ曲(六曲もある!)など聴いていたせいで、予定の「ショスタコービチの歌入り交響曲」が色褪せて見える事はなはだしく、それが確かに彼の「傑作」の一つとはいうものの、どうにも採り上げる気持ちが起きてこない。
そこでクッション代わりにこの駄文をしたためている訳だが、ハイドンのこれらの「ミサ曲」は、「交響曲」をとうに書き終え、「天地創造」「四季」の二つの名高いオラトリオを挟んで、彼の「実り多く長い」その創作活動の中で、弦楽四重奏と共に「最後まで作られていた」ものであって、それこそショスタコービチの「交響曲」など比較にもならぬ、その「揃いもそろった充実度」にも関わらず、不当にも、あまりにも知られておらず、聴かれてもいないのである。(それに=物理的な年齢の比較など意味が無いとしても=六曲のミサの最初のものが書かれたのは、何と、ショスタコービチの交響曲でいえば既に「最高作」たる「第14番」を書き終え、もはや最後のパロディックな「第15番」を残すのみ、という「物理的年齢」なのである!)
これらの「ミサ」が「宗教音楽」という「意味」において、どのぐらい「それにふさわしい」のか私には断じかねるのだが(いかにも「交響曲作家の手」によるものと思われる、引き締まった、一切ごまかしの無い書法は、例えばモーツァルトとかヴェルディとかの艶っぽい「オペラ作家」のそれよりは余程「ふさわしい」とも感じるのではあるが。)、いずれにせよ「最上の音楽」に属するものであって、他に比較するもののない、それだけで「一つのジャンル」を形成しているような作品群であるのは確かである。(それにこれらはベートーヴェンの二つの「ミサ」、とりわけ=これも無視されがちな=「ハ長調ミサ」への「呼び水」としても、極めて重要である。)
ここでハイドンは、いかにも彼らしく「定型」を創り踏まえながら、様々な試みを「余裕を持って」行っている。一見これらは「大同小異」に見えるのかも知れないが、ハイドンの交響曲や弦楽四重奏を良く知る者にとって、尽きる事の無い悦びと興味を与えてくれる。
これらについては全ての曲について採り上げたい所だが、それはいずれかの機会に譲らねばならず、次からはこれまで通り、もっと寒々とした「痩せた音楽」に立ち戻るとしよう。
ハイドンについて詳しく語るには、私にも、もっと「経験」が必要かも知れぬことだし。(以降、次回。)

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2007年12月15日

音楽の「言語性」とは?(139)

ショスタコービチの「交響曲第12番」のフィナーレ第4楽章の驚くべきタイトル「人類の夜明け」が、一体どのような経緯で付けられたものか知らないが、それが「当局」からの要請であるにせよ、「自主的なもの」であるにせよ、彼自身これを「パロディー」と受け取らなかったことは確かであろう。(無論、この交響曲の趣旨からして「そのような扱い」は、有り得ない訳ではあるが。いずれにせよ、リストが「ダンテ交響曲」の最後で「天国を描写しようとした」ものの、「不可能だ」というヴァーグナーの助言に従って「マニフィカト」を付すに留めた、そうした「学ぶべき前例」は、全く役に立たなかったようである。R.シュトラウスですら、「ここまで悪趣味」では無かった。)
なんとか盛り上がろうと努力する音楽は、しかし見事なまでの霊感の無さとルーティーン極まりない書き方によって、問題のタイトルを「貶めるには充分」な出来具合を示しており、彼としては手際の良い循環作法や、紆余曲折とまでも行かないまま予定調和的に辿り着く、ショスタコービチの「栄光の象徴」である「第5」や「第7」のエコーたっぷりの「終結法」も、いかにも感銘を与えない。(彼は、どうもシベリウスの「第2」とか「第5」とかいった「祝典的終結」を持つ作品をここで思い出しているようだが、特に「ニ短調ーニ長調」という調性も合致する「第2」のフィナーレが念頭から消えていないようである。彼はこの期に及んでも「参考」を必要としているのである。)
彼の交響曲としては「簡潔」ですらある見通しの良さも、目指したはずの「名人芸」の切れ味も感じさせず、ただひたすら、この作曲家が「既に終わっている」ことを確認させるまでである。
彼は自分が「交響曲」の「栄えある歴史」の一部であるとは、おそらく見なしていなかったのではあろうが、このようなものを「発表すること」自体が既に何がしかの「欠陥」がこの作曲家に存在することを如実に示しており(ロッシーニとかR.シュトラウスのように「戯作三昧」に耽ることが罷りならぬというのなら、それこそ、シベリウスのように作品を握りつぶし「沈黙する」手もあっただろう。もっとも、「戯作三昧」には「名人芸」が必要であり、「沈黙」には「審美眼」が必要であるが、彼には結局「不充分な持ち合わせ」しか無いのである。)、それはむしろ彼が年を経るにつれ「より強くなっていく運命」にあったようである。
一般に「誤解」されている最晩年の作品の「厳しさ」なるものは、痩せきったインスピレーションの「産物」であり、自己の作品に「甘い」傾向は何ら失われず、結果として、緩みきったタガによる脈略の薄い内容が、好意的に「意味深さ」と思われているだけで、ベートーヴェンの晩年と「比較する」など笑止千万、という出来具合であり、絶対的な「レパートリー不足」の恩恵に過ぎぬ。
前述通り、このような作曲家に今後「何かを期待する」のは無理なように思われるのだが、果たして「最後の一花」は訪れ、死を意識した作曲家が臆面することなく繰り出した一部の作品には、それでも「名誉挽回」に値するものがあり、交響曲では最後の三曲が、それにあたる。
それら全てが「最高」とするにはあたらないかも知れないが、少なくとも一つは「それに近づき」、残りは、少なくとも彼の作品では「高いもの」に属する。(以降、次回。)

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2007年12月08日

音楽の「言語性」とは?(138)

ショスタコービチの「交響曲第12番」は、前回触れた第2楽章を「この交響曲では最良の部分」として、後はその「描くべき内容」に反比例して、見事な「下り坂」を辿ることになる。
続けて演奏される第3楽章には何故か「オーロラ」という名が付けられているが、無論これは例の摩訶不思議な「美しい自然現象」のことではなく、無粋にも「革命行動への号砲」を文字通り「ぶっ放した」「巡洋艦の名前」なのだそうである。
この音楽を、そのタイトルのイメージだけで聴くと「全く意味不明」であろうが、その事さえ承知すれば、これはレスピーギの「ローマ三部作」どころかグローフェの「グランド・キャニオン」並みの「解り易い描写音楽」であり、砲声を模した音形や、波の描写など、ショスタコービチの音楽の中でも最も具体的な「映像感」を持っているものの一つであろう。(チャイコフスキーの「1812年
」の演奏で行われることがあるように、「実際の大砲」でも持ち出した方が、この曲での作曲者の「意図」に沿っているような気すらするが、彼はその手の「仕掛け」には無関心だったらしい。)
この楽章が前作「第11番」の第2楽章における「虐殺の場面」の「裏返しの構図」であるのは明白であるが、「ネガとポジ」の関係にしては、実質上「全体のクライマックス」であった「11番」のそれとは違い、作曲家はこの「転換点」の描写に御執心でないか、あまりイマジネーションが湧かないらしく、あれほど執拗だった「虐殺の場面」の延々たる描写に対して、ここでの音楽は四分にも満たない、という「第9」の時のような短い「尺」になっており、明らかに他の楽章とのバランスを欠いている結果となっているが、これは単なる「時間的な長さ」だけでなく、その「描写に徹した」ような書き方、筋書き的には「ヘソ」であるべき部分であることからしても、明らかに不当である。
作曲家としては「フィナーレへの序奏」のつもりなのかも知れないが、一応は「総括」を目指したと思われるフィナーレや他の楽章との「質感の違い」は明らかで、この交響曲の「基調」である、見られている事を十二分に意識しきった「内面的でない内面性」、「共有されるべき内面」という「絵に描いた餅」すらかなぐり捨てた、まるで元も子もない「映画の伴奏音楽」のような響きによって、決して悪いものでない第2楽章の余韻を見事にぶち壊し、「人類の夜明け」という、精神鑑定したくなるような「途方も無いタイトル」が付けられたフィナーレを呼び出すのである。
このような「前口上」を持った第4楽章の内容は「推して知るべし」であって、その「力作」めいたスバラシイ「総括」は、「こんなもの聴くんじゃなかった」という後悔の念を、「第11番」の時以上に、たっぷりと味合わせてくれるのである。(以降、次回。)
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2007年12月01日

音楽の「言語性」とは?(137)

ショスタコービチ「交響曲第12番」の、どうにも拭えない「生彩を欠く」印象は、この作曲者お馴染みの「練りの少ない」ままでの「書き飛ばし」、という「いつものやり方」ではなく、(相変わらず筆が速いとは言え)、構想を良く練り、比較的時間を多くかける、という一般には「結構なもの」と思われる「慣れないスタイル」を採ろうとしたことにも原因があるようにも思える。
比較的短い全体の長さも、いつもと比べると確かに「無駄無く良く書けている」スコアの印象もそれを裏付けているように思われるが、おそらくこの交響曲では「最も良い出来」を示していると思われる第2楽章も、彼としては「無駄の無い」、流麗な筆致にも関わらず、かつて彼が書いた音楽のエコーに浸され、はっきりとした「良い印象」を与えてはくれないようである。
このような緩徐楽章は、今までの交響曲でも繰り返されてきた「タイプ」の敷衍であることは確かだが、例えば、これと良く似た感触の、より短く書かれた「第9」の第2楽章と比べても、晩年の近くなった作曲家らしい「奥行き」が増しており(熱意ある演奏ではそれが如実に感じられる)、素材を絞り、それらも前後の楽章と関連付けられ、いつものような脈絡の薄い突発的な楽想の「乱入」も無く、落ち着いた展開を見せるこの音楽は、このタイプの彼の楽章としても「良い出来」と言える。
しかし、何故かそれは「かんばしい印象」を与えず、要するに「新鮮味」の無い音楽という感じに終始するのである。それは前作「第11番」の冒頭楽章のような「保留状態」をもう一度なぞっているようなこの楽章の性格設定や、何にも増して前作から盛んに彼が繰り返している「革命」関連の自作引用に基づく「お気に入りの動機」が、変化を受けてはいるものの「またしても」ここで顔を出し(曲の趣旨からすれば当然かも知れないが)、結局の所、楽章の主要素材は「それらに限られている」上、第1楽章で指摘した「解り易さ」への配慮に起因すると思われる「お手軽な素材選び」がここでも影を落とし、どうも「制限が加えられている感じ」を強くさせるのである。
この楽章の趣旨が、交響曲後半の「力の解放」に向けての、「沈思黙考」(この楽章には「ラズリーフ」という、かつてレーニンが「革命」を密かに準備した、と伝えられる地名が付けられている、ということになるらしい。)を示すものであるとは言え、ショスタコービチがここで「抑えている」のはまさしく「自己」でもあり、それがおそらく「冴えない感じ」を誘うのである。
もう一つは前述したような「技術の披瀝」のために彼が「このようなスタンス」を採ったこと、即ちこれが「全てを支配下に置く」ために必要な「コントロール」のための「方策」であり(さんざん指摘した通り彼は「自己コントロール」が極めて苦手なタイプの作曲家である)、確かにそれは「技術的には成功」し、少なくともこの楽章に関しては、おそらく「音楽としても成功」しているのだが、その「完成度」は、どうも彼本来の「何か」を妨げているようなのである。
但し、この楽章からは彼の「第13番」以後の交響曲の音楽が垣間見えてもおり、その意味では注目されるものではある。(以降、次回。)

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2007年11月24日

音楽の「言語性」とは?(136)

ショスタコービチの「交響曲第12番」の第1楽章は、見かけ上では「ごく一般的な交響曲の冒頭楽章」の姿形にも見える。殆ど「古典的」と呼べそうな「序奏付きアレグロ・ソナタ」を目指して書かれたような音楽は、「遅いテンポ」(モデラート)という程でも無い序奏の開始部と、「より速いテンポ」(アレグロ)による主部の第一主題が全く同一の素材に基づいており、その序奏自体も主部において再現させられる、という、同じニ短調によるフランクの「交響曲」という名作の第1楽章に倣ったような「フランキストまがい」の造りが見られる。(もっとも、このような手法は彼自身の「第8」とか「第10」でも見られたものだが、いつもの「緩い使い方」とは異なる「直接性」が「古典性」を感じさせるのである。)
そのためか、単に「外形」からこの楽章を見ると、彼の作品としては無駄の無い「良く書けた」もののようにも見えるのだが、「失当」と思われるのは、「革命のペトログラード」という物々しい題が付けられた音楽に期待されるべき内容と、このような「整った形式」が相容れないものであることであって(何の「事前勉強」も無しに、この楽章の「標題当てゲーム」をした場合、作曲者の与えたそれを答えられる者はただの一人もおるまい。)、何か思い出したように展開部ではめ込まれる、この交響曲でただ一カ所の「革命歌の引用」と思われるものも主要主題の「展開」に全く埋没しており、いずれにせよ「引用」そのものが目的の一部である前作「第11」とは大きく異なっている。
音楽自体は彼の作品を良く知る者にとっては実に「新鮮味の薄い」、既視感に満ち満ちたものとなっており、まず申し分無いようにも思われる処理法(例えば序奏と第一主題の外形が「全く同じ」であるために、「序奏の再現」が「第一主題の再現」と読み替えることが可能、という単純だが効果的な手法など)にも関わらず、冒頭モティーフの平凡さと、それとも関係付けられた、大きく取り上げられる第二主題の明るい音調の通俗性が(彼はどうしても先輩プロコフィエフの傑作「アレクサンドル・ネフスキー」、エイゼンシュテインの映画に付けられた、この輝かしい音楽と内容、そしてその成功が忘れ難いらしく、この交響曲のあちこちで「その余韻」を響かせているが、この主題とその扱いにもそれが感じられる。)示す通り、不思議なほど無意味な、「霊感無しに作曲する」という、ヴォルフがブラームスの「第4交響曲」をこき下ろす際に使った名台詞が思い出されるような「技術の空転」を感じさせる。(これは、常々「高い技術」を感じさせる訳では無いこの作曲家のことだけに、異例のことにも思われる。)ここで見られる、あまりショスタコービチらしくない「流麗さ」は、コーダにおける序奏の再現が全曲のコーダの「予告」を兼ねる、というアイディアに至るまで馬脚を現わさないが、以後の音楽は「標題的」な流れにも傾きがちで、このかっちりとした「第1楽章」を、かえって「異形」に感じさせることにもなる。(以降、次回。)
ラベル:音楽
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2007年11月17日

音楽の「言語性」とは?(135)

確かに「目立った成果」ではあるのかも知れないが、「困った作品」、もしくは「成功作」と言えども「その要素」には事欠かない「不完全な」ショスタコービチの交響曲群の中でも(無論、交響曲に限った話でも無いが)「最も困った作品」、彼を特に支持しない者は勿論のこと、熱烈に支持する者ですら「言葉に詰まるような」、スバラシイ作品とされるのが「交響曲第12番」である。
「1917年」という副題が付けられたこの曲は、言うまでも無く「11番」の続編として「革命の成就」を描き、その指導者レーニンを賛美する、という内容であって、「十月革命とレーニンのイメージを具象化しようとした」という作曲者の「言わずもがな」の発言が示す通りである。(これに類似する発言は、同じ題材である「第2」の時、それから何故か「第6」の時にも見られた。もっとも、彼は当該作品に対して「上手く行かなかった」と付け加えることも忘れない。)
彼がこだわり続けてきたこのテーマを、「機は熟した」とばかりに取り組んだ訳だが、当時の「国家の重大行事」であるところの「共産党大会」への祝典的な「機会音楽」も兼ねており、作品の肯定的な内容や、良く非難の槍玉に挙げられる「人類の夜明け」という、フィナーレの「正気を疑うような」タイトル付けも、このような「事情」によるものと見ることも出来よう。
いずれにせよ、「11番」の鬱積した「暗さ」と、しかし集中度に欠ける纏まりの無さに対して、「続編」とは言うものの音楽の感触は大きく異なっており、曲はコンパクトに「予定調和的に」進められ、この作曲者としては比較的「無駄の無い構成」を示しているにも関わらず、より「空転」の感じは強くなり、見事に「説得力に欠ける」その出来映えは、前作のような「具体的な情景描写」が不可能であることによる「理念的な内容」と、彼が意図したR.シュトラウス風の流麗なモティーフ操作が「不一致」を生じていることが主な原因だと思われる。
作曲者は、「やろうと思えば出来る」と言わんばかりに、ヴェテラン作曲家ならではの「名人芸」を示そうとしているのだが、第1楽章の、絵に描いたような「序奏付きアレグロ楽章」が示す通り、何か「借り物」であるかのような印象(彼の成功した「交響曲の第1楽章」が、いつも「ゆっくりしたテンポ」によるものであることは良く知られている。彼は「本格的な交響的アレグロ」を書く、という意欲を示す発言を「第10」の発表後にもしている、ということらしいが、「第1」や「第9」のような「変則技」のようなものしか書いていないのは確かである。)が拭えない。
それは、ショスタコービチがR.シュトラウスやラヴェルのような「職人芸」とは「遠い存在」であることを示すばかりであり、いつも不徹底であるとは言え、彼の「美点」である「内的な傾向」を、ここでは意図的に欠いていることで生じた表現と内容の「実体の無さ」が、その技術的な高さにも関わらず「第12」を衆目一致する「駄作」としているのである。
これは一種の「罠」であって、「1961年」という信じ難い作曲の年を度外視しても、「名のある作曲家」が本気で取り組んだものとしては殆どあり得ないような「空虚さ」は、前述通り、この後の作曲家に、何がしかの「豊かな実り」があろうとは到底想像出来ないようなものなのである。(以降、次回。)

ラベル:音楽
posted by alban at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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