2006年11月04日

音楽の「言語性」とは?(84)

プロコフィエフの交響曲を順を追って見ている訳だが、いよいよ「代表作」たる「第5」について述べようとしていたところ、「第4」の最初のヴァージョンを聴き直しながら、この「シンフォニエッタ」ともいうべき版についても(実際、演奏時間としては「古典交響曲」に次ぐ短かさである)やはり補足的に述べておこうと思い、多少繰り返しが混じり恐縮だが、今回はこれに費やすこととした。
作品の成り立ちや改訂の「質的差異」等については既に述べたとおりで特に付け加えることも無いが、前回、触れなかった具体的な「相違点」としては、簡潔にまとめられていた両端楽章が、後年の版の「大交響曲版」では、質量共に「充分に引き延ばした」ものとなるが、中間楽章では「多少の拡大」に留まること、但し音楽的素材そのものは殆ど「増量」されておらず、それが為される場合は時間的、空間的な「拡大」目的のために行われていることなどが挙げられる。
最も顕著な例が第1楽章冒頭で、改訂版では新たな旋律が「さらに前」に付け加えられ、当然に開始が「別のもの」となり、このため、元々の全曲を開始した素材は「格下げ」されて、むしろ「エピソード」として響くことになる。
この措置は全曲に影響を与えており、ハ長調の分散和音に基づく付け加えられた素材による「性格」は、その位置にふさわしく「確たるもの」と意味付けられ、全曲の開始と、特に終結を「原典版」とは内実共に「全く違ったもの」にしている。
これは、曲にいわば「より理想的な性格」を付すると共に、それに見合った「重さ」と「長さ」を「改訂版」に付与しているのだが、そうではない「原典版」は、当然に「見通しの良い」簡潔さと密度を兼ね備えており、四つの楽章がほぼ均等な長さとバランスである点や「第2」「第3」の刺激的な響きに自らうんざりした作曲者が「クリアで明るいもの」を目指した結果が明瞭に示されており、彼が念入りに手入れした「改訂版」にも関わらず、わざわざこれも「残した」通り、むしろ「レパートリー」としては「フルサイズ」な後者よりも採り上げられやすいものであるかも知れない。
第2、第3楽章については、前奏などに部分的な引き延ばしを受けた改訂版より「すっきりした」印象であるし、後に大々的に拡大された両端楽章では与える印象は大きく異なり、特にフィナーレは焦点が絞られ(中間部の遅いエピソードや「全曲のための」盛大なコーダは無論、この版では存在しない。)、はるかに「解りやすい」感じを与える。
冒頭楽章は序奏が旋律が少ない分短くなり、第二主題部も簡潔である。展開部は短く、この時期のプロコフィエフらしい「機械的な」雰囲気が強く、改訂版とは印象が異なっている。
逐一、相違点を挙げていくと切りが無いが、要するに前回述べた通り、これが「改訂版」に「劣るようなもの」でなく「別のもの」であるのを、見れば見るほど「再確認」させられる。
「改訂版」は「より良いもの」であるというよりは、後の「フィルター」で濾され、その時点での「然るべき姿」であるべく仕上げられたもので、この「普及版」では解らない、最初の「作曲時」のプロコフィエフの「心境」が透けて見える、という点で、この「1930年版」は捨て難いものがある。(これがパリでの初演で不評であった時、彼はその理由を「聴衆の期待に反して」、曲が「内面的だったから」という趣旨の発言をしている。そこからすると、彼は後年の改訂でこの交響曲を「より公的な性格」のものにした、ということになるのだが。)
シェーンベルクは、中断したまま10年を経過した大作「グレの歌」の完成にあたって、「新たに作曲する」よりも「手を入れる方」が遥かに困難である、と述べているが、確かにこうしてことで避け得ない「継ぎ目」の発生は大きな問題であり、プロコフィエフの「第4」の「大改訂」は、もともとの完成度からして難事業だったに違いなく、彼はそれに見事に「成功」しているのだが、「傑作」は結局最初から存在していたのであって、「問題作」である「第2」などを差し置いて、この「第4」の改訂に着手したのは、彼がこの曲に「愛着を持っていた」という理由からでは測りかねる所もある。
ともあれ、我々は優れた交響曲を二つのかなり異なったヴァージョンで楽しむことが出来るのだが、
しかしこのために、曲の「普及」に何がしかの複雑さがもたらされるとすれば残念な事である。
もっとも、ブルックナーなどではこれほどの「差」であることはむしろ少ないにも関わらず「ヴァージョンの違い」が「売りになる」のであるから、いずれ「共に残る」作品となるのは自明の理とはなるのだろうが。(以降、次回。)
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2006年10月28日

音楽の「言語性」とは?(83)

プロコフィエフの「交響曲第4番」は、高度な「遊びの精神」に満たされているのだが(一般的に「解りやすい」やり方では無いにせよ)、ある程度の「重さ」が必要な冒頭楽章から既にそれは顕著だったにせよ、「足かせ」の少ない後続楽章では、その特徴は、より「十全に」発揮されている。
即ち、形式、内容、密度共々「かくあらねばばらない」冒頭楽章に比して(これを「無視」してしまうと「交響曲」足り得ることが「難しくなる」場合があるのだが、プロコフィエフは「この点」について良く理解していた。反対に「シンフォニスト」で通っているショスタコービチは、これをあまり重んじていない。十五曲のうち、少なくとも半数近くが「それらしい冒頭楽章」を持たず、「第7」のように展開部がすっかり「別のものと差し替えられている」ような例は「まだましな方」で、「第6」のように「全く欠いている」例や、甚だしい場合には曲全体が「カンタータ」や「交響詩」の「なりそこね」としか思えないようなものまである。それは後期に至っても「11番」や「12番」のような=内容共々=「困った代物」が出現することでも解る。傑作と言って良い最後の三曲ですら、いずれも「異形」と呼ぶしか無いような物であることも否めない。)「自由度」の高い中間楽章やフィナーレは、それぞれ長さとしては結構なものであるにも関わらず、それらは「遊び」の要素によって形式や内部の楽節が引き延ばされた結果であり、そのような部分こそが、プロコフィエフが「後から手を加えた」要素に該当しているのである。
初稿の簡潔さから比して、それらは、ある意味では「無駄」とも呼び得るものでもあるが、また音楽の「豊かさ」、「柔らかさ」としても機能しているのであって、それぞれ的確に、安定的に「配置」されているので、我々は充分にそれを楽しむ事が出来る。
第2楽章ではプロコフィエフの交響曲中で、初めて屈託ない「歌」と呼ぶべきものが聴かれる。「第1」での「擬装」や、「第2」「第3」での「歪められたもの」とは異なり、ここではまるで嘘のように「平明な旋律」が現れるのだが、何か通俗歌か映画音楽の一節のようなそれは、「第2」の変奏主題のように「仮の素朴さ」を装ったような物では無く、まさに「そのようなもの」として書かれている。
但し、和声によってその「主題」としての「体面」を整えられているにせよ、不必要に長い分散和音による前奏や、必然性に乏しい対旋律と組み合わされ、「本来的でない」装いのもとに現れる事で、作曲者はこの音楽が「仮構的な所」でしか成り立たないことを仄めかしている。(この楽章が第3楽章共々、バレエ音楽の素材にその多くを負っているとしても、結局それは「同じ事」である。)
中間部に入っても何らそれは変わらず、茶化すようなリズムの刻みに続いて現れる低弦の動機は、主要主題と「同類」の材料によっているものの、本来はもっと高い音域で、さらには「もっと長い旋律」として現れるべきようなものであるにも関わらず、一向にそこから離れる気配も無いまま、クラリネットによる「より個性に乏しい」旋律に喰われたあげく、結局は断続的な進行が続く。
主題の再現と繰り返しによって強調されようとする「晴朗さ」も、脈略の無い和音の強奏などに邪魔されスムーズな進行は望めず、冒頭楽章序奏の第二の旋律を「助け」として呼び出す事で何とか収拾を付ける。しかしコーダではこれらの努力も夢消してしまい、二度音程の不協和音を残したまま、飽和する事も無く終わってしまうのである。
第3楽章は「スケルツォ」ではなく、前述通り「間奏曲風のもの」であるが、三部形式の主部自体が三部から成る、という、いささか「回りくどい」形式を採っており、内容もまたバレエ音楽の材料がそのままパロディカルな意味へと「変換されて」いる。
主要な動機が順次「序的に」提示された後の、いかにも「バレエ音楽然とした」リズムの刻みも、音楽を軌道に乗せる事は出来ず、「仕切り直し」されるのだが、さりとて一向に「調子に乗る」ことも無く、含みのある、皮肉で揶揄的な音楽が続く。
中間部では、一見「威勢の良い」音階上昇が現れるが、それで焚き付けられる「行進曲調」も「その場しのぎ」で、結局は無し崩しに元へと戻る。これは「メタ・ムジーク」とも言うべきものであり、何一つ「肝心な事」は行われていないにも関わらず「意味」を感じさせる、という点で出色のものとなっている。(これはショスタコービチの「交響曲第10番」における、何故か「過大評価」されることのある「必然性の乏しい」第3楽章に、かなりの直接的影響を与えているように思われる。)
第4楽章フィナーレは規模の大きいロンドで、その長さからも期待される、「充実したソナタ形式」を意図的に回避している。中間にテンポと拍子感の異なる「平和な」音楽を挟んでいるが(ヴォルフの「イタリアのセレナード」をゆっくり奏したようなもの)、意図的に最初からスムーズ進行を欠いており、不規則なリズムと音進行による導入から「ランダムな」音の運びによる低弦の主題とその敷衍、コントラストの激しい無機的な進行、という具合で、一般的な「打ち上げ」的なロンドとは著しい乖離がある。
主題が回帰して、第3楽章の材料も交えた上で、それぞれに組み合わせされて密度を増すにせよ、「より円満な」性格を増すというよりは「より複雑な」テクスチュアによって「テンションを高める」方向であって、もとより「総括的な」性格は求めるべくも無い。
全曲の「締め」としてブルックナー的に「取って付けられる」冒頭の「再現」が、「終わりの合図」として盛大に奏されて(主音がトランペットで執拗に連打される)、この何か「物質的な」フィナーレを閉じる。これは「音の自律的な動き」が「勝手に暴走したようなもの」として書き留められており、その「歯止めの利かない性格」こそが「フィナーレ」にふさわしい、とされているようなもので、いわば作曲者が百も承知の、コントロールされたあげくの「放任主義」が見事に完結している、という点で「前代未聞」の「締め」なのであるが、まさにこの特性のために、いささか「解りにくい」点があるのも確かではある。(以降、次回。)
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2006年10月21日

音楽の「言語性」とは?(82)

プロコフィエフの「交響曲第4番」には二つのヴァージョンがあることは既に述べた。
これは、「交響曲第6番」を書き終えた彼が「大幅に手を入れ直した」版と、「元のもの」が作品番号も(112と47)そのままに両方残されているからであるが、この作曲家には、このように「不成功」だった旧作を後日作り直す「改訂癖」があり=彼自身の「不満足」も勿論あるにせよ=気に入った構想を何とか「受け入れられる形」で残そう、という「執念」のようなものが感じられ(交響曲で言えば「第2」を改訂しようとしていたが、果たせず亡くなった、という話も残っている)、こうした「同じ素材」によりながら「違った作品」として成立しているものが散見されるのも指摘した通りである。(この曲については、手の掛かり具合からしても「第7交響曲」と呼ばれても良い、と作曲者が語ったと伝えられてもいる。)
作品を「改訂する」ことは必ずしも珍しいことではなく、楽譜の出版後も作曲家が手を入れることは有名作でも幾つも知られているところだが(ベートーヴェンが「ハンマークラヴィーア・ソナタ」の緩徐楽章に「たった二つの音符」を、その冒頭に付加するよう版元に指示してきたような逸話もある)、彼の場合は「微修正」どころではなく、文字通りの「改作」であって、この「第4」などはその「最たるもの」の一つ、ということになる。このような「こだわり」は、単なる「アイディアの使い回し」とか「インスピレーションの欠乏」とかに起因している訳では無く、徹底的に「音楽的可能性」について汲み取ろうとする態度の現われ、とでも見るべきなのだろうが、この「第4」では、そもそもの「素材」が、バレエ「道楽息子」(題材について混同されがちなストラヴィンスキーの傑作オペラ「道楽者のなりゆき」とは違い、聖書に基づく)とも「共有」されており(「第3」がオペラと「共有」していたように。但し「交響曲」への素材の「提供元」としてはバレエの方が「適当である」るのは確実で、この曲は「第3」のようには「その成り立ち」について意識させない。)、またしてもプロコフィエフの交響曲にイレギュラーな「注釈」を加えることもあり、多層的な「成立史」を見せている。そして、この「執念」は、「交響曲第4番」改訂版において見事に「結実」しているように思えるのだが、にもかかわらず、この作品は残念ながら一般には「親しまれる」所までには未だに至っていないようである。(この「改訂版」も演奏されたのは作曲家の死後であった)
「原典版」と「改訂版」では、その「素材」を始めとして「基本構想」には変化は無いのだが、後者では全体が「より拡大」されており、元の比較的コンパクトな形態から、内容共々一回り大きくなっている。外形の「オーソドックスさ」という点では、むしろ「原典版」の方が「まとまりが良い」とも見れるのだが、後の完全に「熟した」筆による「豊かさ」が加えられた「改訂版」はやはり「決定稿」と言って良く、実際、通常「第4」と言えばこちらの方を指している。(但し、この「仕上げの違い」はベートーヴェンで言えばオペラ「レオノーレ」と「フィデリオ」の違い、或いは「レオノーレ序曲第2番」と「第3番」の差のようなもので、あながち価値的に前者が「劣る」というようなものでもなく、「原典版」も時々取り上げられるようではある。)
ここでも「改訂版」について見ていこうと思うが、いずれにせよ踵を接して作られた前作「第3」の暗さとは打って変わって、ここではその「ハ長調」という調性にふさわしく、基本的には明るいトーンが全曲を貫いており、同時に音の響きそのものも「第3」の重苦しい「音塊」的な、分厚いものとは対照的に、混み入ったテクスチュアや極度にマッシヴなものは避けられ、比較的薄いアンサンブルや単旋律的な扱いも目立つ。また、全音階や分散和音といった「シンプルな要素」もかなり意識的に導入されており、いわば「第3」の「集中的、内向的」な性質が「開放的、外向的」な方向に転じた、とも言え、当初の作曲当時「限界的な所」まで行きつつあった作曲者の語法を「修正」しようとする試みを、後日の練達した筆で「補完」したような点も見受けられる。
第1楽章冒頭の長い序奏からそのような性質は明確で、多少の変化音やプロコフィエフ独特の半音の「ずらし」による旋律操作もあるにせよ、分散和音を基本とする旋律構造は序奏に連続して現れる三つの素材に共通している。また、「旋律と伴奏」といった感じの「単純な」書法、並列的な楽想の対置なども主部にそのまま引き継がれる特徴である。最初の素材の単旋律な傾向、第二、第三の素材の二度音程とオクターヴ跳躍の組み合わせによる構造も主部に現れる。即ち、後者は第一主題に、前者は第二主題にそれぞれ用いられるのだが、主和音の刻みの上に躍り出る生き生きとした第一主題は、序奏における直前の素材をそのまま「展開」しており、「突撃」の合図であるはずの和音連打が不規則に、しかも頻繁に現れることで自らを「パロディー化」する。
これが分散和音的に「解消」した後、直後に隣接される長い第二主題部は、単旋律による思わせ振りな下降分散和音と短二度音程による導入と、上昇に転じる要素とを幅広く展開するが、それは「横方向」の時間軸で生起するので、極めて「ロシア的」な性質を帯びている。(ショスタコービチによくある管楽器などによる長々とした「モノローグ」なども同様の性質を持つ。)
再び第一主題の要素によるアレグロに戻るが、この「小結尾主題」は、今度は短二度音程のぶつかり合いによって「歪められて」おり、展開部に入って、この材料は第二主題の要素による「静的な」部分や序奏の冒頭部分と対比させられながら進むのだが、これらは「展開」というよりは文字通り「入れ替わり立ち代わり」現れてくるのであって、「重なり合い」は避けられ、このため見通しの良さが得られる。
このプロセスは、序奏冒頭が「理想化された」姿で(それは勿論「安定したハ長調」の姿に「最も近い」からである)「クライマックス」として現れる事で「飽和」されるのだが、全体として第一主題の領域が明らかに「不足」であるために、短かめの再現部では、これは不安定に拡大され(奇妙にも、それは「和音の刻み」が短調に傾斜したまま長々と引き延ばされることで為され、主題そのものが「強化」されるのではないのである)、反対に「より安定した」第二主題部とは逆に「小結尾主題」を妙に力の抜けたものにしてしまう。
それは第一主題同様に不安定な「和音の刻み」に「浸食」されているのだが、その「不安感」は何事も無かったように「行進」の性格を強調され、本来の「あるべき姿」で前進する第一主題部によって消し飛ばされ、目出度くも第1楽章を閉じる。(この結尾は非常に「ルーセル的」であるが、この楽章自体がルーセルの音楽を思い出させる点が多い。)
このことによって、この音楽が結局は「安定的なもの」を指向していることが明らかにされるのだが、プロコフィエフは平明な序奏でこれを始めながら、なかなかそれを「示す」ことをせず、我々を煙に巻くのである。その代わり、この後に続く楽章ではこの「思わせぶり」は放棄されている。(以降、次回。)
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2006年10月14日

音楽の「言語性」とは?(81)

プロコフィエフ「第3交響曲」の後半二楽章は、この作品の印象を決定付けるものであると共に、いずれも時間的に長いものではないにも関わらず、極めて集中度の高い書法と、錯綜したテクスチュアを整理しながら「発展的な構成」を見せることによって、この翌年に書かれた「第4交響曲」と共に、彼のこの時期の様式が「完成」に近づきつつあることを感じさせる。(もっとも、「第4」のほうは後年大改訂をされて「別物」に近くなっている。)
第3楽章は定石通り「スケルツォ」であるが、この、いかにもプロコフィエフの個性に「合っている」とも思われる曲種は、意外な事に「定番メニュー」ではなく、交響曲で言えば「明らかにそうである」ものは、「3番」と「5番」だけであり、「1番」では(メヌエットの代わりの)ガヴォット、楽章数の少ない「2番」、「6番」では省略、「4番」ではブラームス風に「間奏曲的なもの」で済ませており、「7番」では、ワルツの「かなりすれすれな」パロディー、という具合で、この「3番」が何と「初出」ということになる。(もっとも、「スケルツァンドな要素」は、プロコフィエフの音楽の「そこかしこに溢れかえっている」ので、敢えて独立楽章として取り上げる事は、場合によっては「屋上屋を重ねる」ことにもなりかねないので、彼としては曲ごとに「対策」を練った挙げ句の結果、という所かも知れない。それだけに、「スケルツォ」が設定される場合は、殊更インスピレーションに富んだものが聴かれるように思われる。)
曲想は一種「悪夢的」な、極めて印象に残るもので、とりわけ、無窮動的な主部における細分化された弦の分奏によるグリッサンドの効果は見事である。(これは、ショパンの「第2ピアノソナタ」の=珍しくもシューマンが滅茶苦茶に貶した=の終曲にインスパイアされたもの、と作曲家は語っており、成る程と思わせる。プロコフィエフはこのような「秘密」について極めてオープンであり、我々を面白がらせてくれる。)
冒頭楽章の導入を模したような(但し今度は無調的である)オスティナートに続いて、短三度音形とオクターヴ跳躍による、この曲の「基本音形」による短いフレーズの繰り返しがあり、その「グリッサンド」が現れる。いわば「無定形」による漠然とした音形の繰り返しは、マーラー「7番」の第3楽章の「影のように」と記された音楽と同様の効果を感じさせるが、ここでは「無調」であることで、より一層グロテスクで不気味なものとなり、不規則なスフォルツァンドによって、それは強調される。この動きが執拗に繰り返されるが、そのうちに管の高音が漏れるように薄気味悪く響き、これはトリオへの呼び水ともなる。テンポを落としたトリオは一応「叙情ぶった」ものであるが、これも第1楽章冒頭にインスピレーションの根拠を求めており、弱音の領域で、これも「影のように」立ち現れる。
半音階進行が常につきまとい、「本来の旋律」を歪めたような、実体感の乏しい特徴は主部と同様である。主部の回帰には風鳴りのような管の延ばす音が伴い、トリオの回想と共に簡潔に閉じられるが、今度は悲劇的な「実体感」が次第に付加され、終曲への準備を為す。
これは予想を裏切ってピアニッシモで「消え去る」のでなく強奏で閉じられるが、第4楽章もそれを引き継いで始まる。この葬送風の開始はワーグナーの「ジークフリートの葬送行進曲」で繰り返される半音階進行に似た音形によっているが、加速して戦闘的となり、オクターヴ進行に基づく第二主題部では、さながらマーラー「第6」のフィナーレのアレグロ部のような悲劇性を帯びる。
しかし、この楽章の進行はソナタ形式に基づいているものの、既出の動機群が相次いで回想されつつ(展開部では第1楽章冒頭部や第2楽章中間部、再現部では第1楽章第二主題がフィナーレ第一主題と重ね合わせられる)、急ぎ足で「追い立てられるように」進行するので、一つの「位相」が長続きすることが起こらず、「不可避的プロセス」の存在は、まさにその集中的な、急激な局面変化によって表現される。
プロコフィエフは、このフィナーレの作曲に最も時間を要したと伝えられるが、それは圧倒的「大フィナーレ」を作ることではなく、むしろ時間的にも密度的にも「凝縮されたもの」を作ることに専心した結果と考えられ、そのために、このフィナーレでは様々な要素が踵を接してひしめき合っているのだが、それは「悲劇性」のもとに締め上げられ、結果としては緊密に方向付けられているのである。これは確かに一つの見事な「成果」ではあるのだが、聴き手にも「カタルシス」というよりは「圧力」を感じさせ、また実際に救い無く暗澹として終わるためか、この交響曲は、その「出来」にも関わらず、不当にも「未だに埋もれた存在」であり続けているのである。(以降、次回。)
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2006年10月07日

音楽の「言語性」とは?(80)

プロコフィエフの「第3交響曲」は、「古典交響曲」という作曲者の「注釈付き」で親しまれる「第1」、特異な二楽章構成による「第2」とは違い、彼の初めての「フル・スケール」の四楽章による交響曲、ということになるのだが、何故か、ここでも「イレギュラーな事情」がつきまとっており、なかなか「純然たる」作品、とはいかない所がある。
これは、彼が足掛け七年も掛けたオペラ「炎の天使」が、その複雑さのせいか、一向に上演の見込みが立たないのを嘆き(確かに「完全上演」されたのは作曲者の死後のことであった)、当初はこの素材から「組曲」をまとめようとしたが、そもそも「交響曲」の主題として着想したものをこのオペラに「転用」したことを思い出し、この作品を「交響曲」として仕立てた、ということらしい。(但し、オペラの素材は未完の弦楽四重奏からも転用されており、これらをさらに「再転用」しての「再構成」というわけである。)
作曲者はしかし、これは額面通りの「純音楽」であり、元ネタのオペラとは「切り離して考えられるべき」と、はっきり述べており、実際「標題」は全く掲げられておらず、また、交響曲と歌劇の「筋」はリンクしている訳でもない。
ただ、「ライト・モティーフ」として特定の人物や概念と結びつけられた主題を利用しているため(ワーグナーの「ジークフリート牧歌」同様に)、オペラを「知っている」者にとっては「思い出さない訳にはいかない」部分も多くあるのは事実である。(特に、オペラの「中世的イメージ」と、宗教的な内容から来る「シリアスさ」は、そのままこの曲にも「転写」されている。)
いずれにせよ、これはプロコフィエフの交響曲の中でも最も「劇的な」性格のもので、また、その「出自」にも関わらず「精神的なもの」を強く感じさせる、という点でも特筆される。
音楽語法としては「第2」同様に振幅に富んでおり、無調に近い部分も多くあるが、前作よりはるかに筆がこなれ、見通しが良くなり、また表現力が増しているように感じられる。
第1楽章の序奏の開始こそ「第2」の余韻が感じられるが(もっともこれもオペラの素材の引用だが)、ほどなく現れる第一主題、テンポを落として提示される第二主題もかなり表情的であるにも関わらず「転用」と知らせられなければ解らないほど「はまって」おり、確かに「交響曲」としても違和感が無い。この後の断片的なシークエンスによる小結尾主題(何となくスクリャービン的である)共々、動機的にも、短三度音程を中心とする音階的進行や、オクターヴを基調とする音程跳躍によって共通性が保たれているが、それぞれの部分がテンポ変化等により「ブロック構造化」している。
このようなやり方から来る「並列的」な構成は全曲に渡って見られ、オーソドックスな形式にはめ込まれる際の、このような「きしみ」を所々で生じている。
展開部は「いかにもそれらしく」始まるように見えるのだが、驚くべき事に、この部分はオペラの「間奏曲」を殆どそっくりそのまま「転用」したものであり、確かに提示部と同様の素材によって対位法的処理が為され、「動機的展開」が行われているが、提示部の比較的「落ち着いた性格」に比して、やや過度に半音階や不協和音が増加し、変化の激しさが増すなど、確かに「劇的なバックボーン」を感じさせる。(特に「ライト・モティーフ」を用いる書き方をした場合、オペラの「間奏」が、ソナタの「展開部」的な性質を持ち得ることはあり、例えばご本尊ワーグナーの「ジークフリート」で、主人公がヴォータンの槍をへし折って、ブリュンヒルデの眠る山へと向かって炎の輪を突破して行く際の「間奏」などは、まずは「典型的なもの」とも言えよう。)
再現部の開始は展開部のクライマックスと一致しており、一転して全体がフォルテの領域に置かれている。
主題はここでも対位法的に組み合わされ、同時に時間的にも「圧縮」されるが(第二主題は展開部で派生したモティーフに「すり替えられて」いる)、このため、コーダでは別の「処置」が必要で、再現部が第二主題をもとに、リズムを刻みつつ「騎士的に」(実際、第二主題は「騎士」の役に当てられていたものである)過ぎ去った後、第一主題がレジェロな姿でメンデルスゾーン風に現れ、本来の姿に戻った第二主題、序奏の動機と組み合わせられながら消えてゆく。この夢幻的な、「意外な」終わり方は提示部、展開部(と性格的に「一体化された」再現部)に対照を為しており、強い印象を与える。(何となくバレエ音楽風でもあるが)
第2楽章は、それこそ「オペラの間奏曲」そのもののようにも思われるが、実際には後から仕立てられたものらしい。アルカイックな感じもする主題は、しかし短三度、オクターヴ、反復性などによって主題的連関を保っており、見かけほどには「自然発生的」では無いが、これはプロコフィエフの構想の「正当性」を裏付けてもいる。
これは当初、チャイコフスキーを思わせるような旋律性とオーケストレーションに彩られているが、弦の高音によるグリッサンドが、管の低音と対置されるグロテスクな音色と共に発せられた後、中間部では半音階的なオスティナートが旋律らしい旋律も無いまま当てど無く現れ、プロコフィエフらしい「冷たい感触」と、元になったオペラとも共通する「悪夢的な感じ」を思い出させる。これらは想像以上に長く続けられ、すっかり時間的なバランスを狂わせる。
果たして、これらの「要素」は音楽を決定的に変えてしまい、ソロ・ヴァイオリンが薄気味悪く鳴った後、主部の再現にも「混入」し、必死に「元に戻ろうとする」最初の旋律を揶揄するように現れ、楽章を不意に終わらせてしまう。このため、この楽章は予想に反して「断片的な印象」を与え、この場所に「期待されるもの」を裏切ったあげく、次の楽章へとその「不安」を引き継ぐことになる。(以降、次回。)
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2006年09月30日

音楽の「言語性」とは?(79)

プロコフィエフ「第2交響曲」の第2楽章は、前述通り、ベートーヴェンの晩年のピアノ・ソナタの変奏曲楽章に「インスパイアされたもの」と(第30番と第32番ということになろうが、この曲の「二楽章構成」という点については、後者からの「直接的影響」と考えられよう)作曲者自身、はっきり語っているようだが、それは確かに、大まかな「外形」と「変奏曲」としての、自由で振幅のある「可能性」を考える上での、大きな参考となったのは間違いない。
但し、結果は「似て非なる」どころか、全くの「別物」となっていて、むしろプロコフィエフの、当時の持てる「パレット」が、その一連の変奏によってあらかた「開陳」されていて、彼の交響曲楽章の中でも、最も「変化に富んだ」ものとなっていることが興味を引く。
第1楽章がアレグロ・ソナタであった以上、当然にこれは「緩徐楽章」の性格で始まるが、主題自体が「民謡風」、或いは「子守唄風」であって、前楽章の「エキセントリックさ」から一転して、極めて叙情的な性格を持つ。この長い主題は、それ自体として一つの「歌」のように振る舞っていて、どこからか「借りてきた」ようにも見える。オーボエによる主題提示自体、何か「古風な」感じを与えるが(使用音が、やや日本の「陰音階」にも近いため、我々にも何か「馴染み」のようにも聴こえるが、実際、この主題は「ピアノ協奏曲第3番」の第3楽章の有名な主題同様、作曲家が日本に滞在していた時に着想されたものらしい。)、但し、模糊とした前奏に象徴されるように、和声的には「曖昧」で、主題の「素朴な外見」とは何か異なったものが添えられ、当然「そうあるべき」短調の性格が「ぼかされて」いる。
案の定、以後は、いわゆる「音形変奏」ではなく、極度な「性格変奏」となり、それも「デフォルメ」どころか、主題は殆ど「原型」を留、「分解」されるか、その変奏に「都合の良い部分」を抜き出して利用されるかで、伝統的な意味での「変奏曲」というよりは、ヒンデミットなどのように「メタモルフォーズ」と呼びたくなる類のものである。
変奏は全部で六つあるが、その中に「スケルツォ」や、当然「フィナーレ」に相当すると思われるものを含んでおり、見かけ以上に「交響曲」としてのバランスが考慮されたものとなっている。
第1変奏はテンポ感を保ったままとはいえ、早くも主題から「遠ざかって」しまい、半音階を含むオスティナートが(後半では鏡像形となる)繰り返される中、前奏のもつ「模糊とした雰囲気」を拡大している。主題は、まるで濃い霧の中で「ほんの一部」が見えるだけのように、おぼろに「姿を感じさせる」に過ぎない。(この「冷たい感触」は、ストラヴィンスキー「春の祭典」の第二部の開始を思い出させる)
第2、第3変奏ではテンポが上がり、それぞれ基本的には「スケルツォ風」の性格を持つ、と言って良いが、前者では第1変奏同様にオスティナートが現われ、それから離れる中間部分を挿んでの三部形式となる。
主題はかなり変形されており、一応「順を追っている」ものの「元の形」を追う事は難しく、中間部分での主題後半部の利用法が、その「存在」を思い出させる。終わり近くで、この楽章最初のフォルテが現れ、弦の分奏がガサガサした音を立て、いよいよ音楽は「正体」を現す。
この「カプリッチョ」ともいうべき第2変奏に続いて、今度は「ブルレスケ」とも呼びたくなる第3変奏となるが、より「調性感」が曖昧となり、殆ど「無調」と言っても良い。響きも第1楽章に近いものとなり、主題自体も極度にデフォルメされ、いわば「戯画化」されているので、前後の変奏無しには「成立しない」ものとなっている。しかし、「決まり文句」のように現れる一定の音形が「枠」の役割を果たし、音楽を「脈略」から逸れるのを阻止している。
第4変奏は、また遅いテンポに戻り、主題の「子守唄風」の性格を拡大するが、ここでも別のオスティナートが使われ、主題の「長ー短ー短」のリズムを繰り返すと共に、この楽章の中では最も「変奏らしい変奏」が続けられる。しかし固執的に「利用」されるのは一部だけであり、いささか皮肉めいたフモールが、どちらかと言えば「子供っぽい」というより「死の匂い」を感じさせる。
(これはプロコフィエフ自身の後年のバレエ音楽「ロメオとジュリエット」の終曲「ジュリエットの死」を連想させる。そこでは筆のこなれたヴェテラン作曲家らしく、より「簡潔」で「浸透力の強い」方法で同様のことが行われているのだが、こちらの若いプロコフィエフは「より主観的」に、印象深い音楽を作っている。)
構成上「遅い」変奏曲が一つの後、「速い」変奏が二つ、というバランスは、主題の性格からすると「逆」のようにも感じられるが、これはそれぞれの変奏の「所用時間」の関係から為されている訳でもなく、まさにこの「浸透力」の問題であると思われる。この第4変奏で「内的クライマックス」が築かれた後は、無論「フィナーレ」としての第5、第6変奏が続くことになる。
第5変奏では、第1楽章の音楽の「再現」であるかのような音楽となり、その最初の部分の「変奏曲らしい」身振りを内側から吹き飛ばしてしまう。リズムも「安定性」を失い、一応は持続している「変奏」を脅かし続ける。
断定的にこれが閉じられると、パッサカリアのように低音から持ち上がる「真のフィナーレ」として第6変奏が始まるが、ここで作曲者は、ここまでの音楽の「統合」をしようと試みており、変奏主題を「だし」に、これまでの様々な「性格」の「擦り合わせ」が行われるのだが、これは「始めから目指されていた」というより、確信犯的に、かなり「力ずくで」行われているので、手の込んだ対位法やフーガ風の扱いも「それらしく在る」ための方便に過ぎない。案の定、これは「頓挫」してしまい、第1楽章を閉じた金管のコラール風の動きが復帰したあと、グロテスクなユニゾンが変奏曲を木っ端みじんに打ち壊してしまう。
こうして「もう続けられなくなる」のだが、何喰わぬ顔で変奏主題が「そのまま」戻ってきて、唖然としたままの我々の前で、「きちんと終わる」でも無く、ただ「曖昧な」和音を残して静かに「消え去って」しまう。
これには何の「帰着感」も無く、従って「終結感」も与えないのだが、それは「夢でも見た」のか、それとも「夢の中へ入っていく」のか、どちらとも判別出来かねるような方法で、その「脈略無さ」が、確かに我々に「覚えのある」ものであることを思い出させるのである。(以降、次回。)
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2006年09月23日

音楽の「言語性」とは?(78)

プロコフィエフの「第2交響曲」はプロコフィエフの「第2交響曲」は、彼の最も「前衛的な」時代を代表する作品の一つであるが、前作の「古典交響曲」で、いわば「裏をかく」ような形で意表を突いた後、これはむしろ彼本来の「路線」に立ち戻ったようにも見える。
しかし、これはロシアを「脱出」してパリに移った彼が、例の「六人組」に「対抗」するつもりで仕上げた(彼らと比べると、プロコフィエフは冷遇されていたらしい)作品であって、ここにおける「先鋭さ」は、これに由来するものらしい。(「鉄と鋼でできた交響曲」を目指した、という言葉が伝えられている。)
そのためか、まるで前作の「反動」であるかのように「通常の構成」を避け、全体は二楽章のみとなっている。アレグロ・ソナタの第1楽章と、その倍ほども長い変奏曲楽章、という外形は、どうしてもベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタ第32番を連想させるが(チャイコフスキーの有名なピアノ三重奏「偉大な芸術家の思い出」の構成とも類似しているが)、まさに「それを意識して作られた」ことを作曲家自身明言しているらしい。
これは、この曲の「印象」からすると驚くべきことであるが、実際の「構成」そのものを見てみると、確かに「納得の行く話」ではあり、その響きのラディカルさとは裏腹に(ウィーン古典派に良く通じていたこの作曲家らしく、前回はハイドンに、今回はベートーヴェンに「拠り所」を求めた訳である)、「ソナタ」を基盤とする音楽として、きっちりと組み上げられている。
この音楽の「刺激性」は、まさに「書法そのもの」と「オーケストレーション」とに依存しているのであって、こと「形式」については、意外なほど配慮が為されており、その響きのようには聴き手を面食らわせない。
第1楽章は、しばしば「耳を聾する」音楽として受け取られ、演奏によっては、まさに「そのようなもの」にしかならぬ危険性もあるが、それは音量的に「フォルテ」である時間が相対的に長いうえ、「対位法的」というよりは「独立的に重なり合って進行する」声部同士が頻繁に不協和音を生み出すため、また、絶え間なく続く音楽の「運動性」のために、その中で聴き手は「現在位置」を見失い、単なる「音の洪水」と受け取ってしまうからである。(「鉄と鋼」という言葉は、この第1楽章に良く当てはまる言葉ではあるが。)
無論、音楽はそうした方向とは「別のもの」を目指してはいるのだが、その入り組んだテクスチュアを実現するためにプロコフィエフが用意した素材は、いずれも「ごくシンプルなもの」で、「長ー短ー短」のリズムの繰り返しや、音符の刻みと繰り返し、四音から成る半音下降動機や(マーラー「第1」のフィナーレに出てくるものと類似=もっとも、これ自体、リストの「ダンテ交響曲」からの引用であるが。)五音音階(ドレミソラ)、短三度音程の順次進行(ラシドシラ)といったものに基づく、ごく短いモティーフを組み合わせているのである。(このモティーフは、「Dies Irae」の変形ともとれる「ラシラシラドシラ」といった形で繰り返される。)
これらの素材の「組み合わせ」は主題ごとに変えられるが、第一主題では今挙げたものの中のそれぞれ最初の幾つか、第二主題では次の「別の」もの(と無調的要素)、結尾主題では、その「コラール的な発展形」という具合(短三度音形がオスティナートとしても用いられる)となる。
各部分の「区切り」は明確なようにも思えるが(提示部の最後に「飽和的な」大きいクライマックスがあり、その後に「休止」があるように見える)、「展開」は、提示部においても進行しており(特に第二主題部)、そのために展開部そのものは思ったほど長くならず、同様に再現部も「縮小化」されるのは正しいバランスと言えよう。
つまり展開部では、むしろ音楽の流れが(逆に)クリアになり、各動機が「それらしく」整理されて構成され、さきの提示部における順列性が「反古にされ」、動機群が短時間で同時的に現れるため、より「密度が高まり」、従って多くの時間を要せず、また、「エピソード」的なものを導入する余地をこの音楽が許さないため、「これ以上展開する事が出来ない」のである。
これが提示部同様、コラール的な金管の強奏に終わると、今度はそのまま再現部となるのだが、いくぶん縮小化されたそれは「型通り」でもあるが、第一主題の領域が省略を受けており、その分「混沌とした印象」が薄れている。これによって、第二主題部の持つ、比較的はっきりした「対象性」と「性格」とが強調されることになるが、これは、この基調のまま、コーダ部に至って第一主題の再帰と結び合わられることで、闘争的な「本質」が、最後に至って確認的に「暴露される」こととなるのである。
それは「戦い」そのものを連想させる太鼓群の連打と、三たび現れる「コラール」が手短かに、金管のみによって強奏されることで強調されるのだが、このような性質は、時々比較されるオネゲルの「パシフィック231」のように「音楽的運動性」の追求(オネゲルのこの作品は、まさに「交響的運動」という「題目」を持つ」)からも「結果的に生まれる」もので、ミニマル・ミュージックばりの小さい音形の「反復」の持つ「前進性」によってもたらされている。
それは、モソロフの有名な(まさに「そのもの」を題材とする)「鉄工場」を挙げるまでもなく、彼の「時代」の、急速な、「強迫的」上昇志向に伴う「闘争性」ともリンクするのであって、「戦争」そのものの描写であるとか、ベートーヴェン的な「精神的闘争」というようなものではない。
これらの音楽が「暴力性」を感じさせるとすれば、不可避的に進行する「時代的プロセス」のそれであり、もっとプリミティヴな背景としては、この「音楽的運動性」自体が「機械」の持つ「運動性」の「模倣」だとも言えるのであるが、「鉄と鋼」という作曲者の言葉が「二重の意味」だったのかは解らないにせよ、図らずも、それは模倣の「対象」の持つ「本質」についても暴露することになっているのである。(以降、次回。)
、彼の最も「前衛的な」時代を代表する作品の一つであるが、前作の「古典交響曲」で、いわば「裏をかく」ような形で意表を突いた後、これはむしろ彼本来の「路線」に立ち戻ったようにも見える。
しかし、これはロシアを「脱出」してパリに移った彼が、例の「六人組」に「対抗」するつもりで(彼らと比べると、プロコフィエフは冷遇されていたらしい)仕上げた作品であって、ここにおける「先鋭さ」は、これに由来するものらしい。(「鉄と鋼でできた交響曲」を目指した、という言葉が伝えられている。)
そのためか、まるで前作の「反動」であるかのように「通常の構成」を避け、全体は二楽章のみとなっている。アレグロ・ソナタの第1楽章と、その倍ほども長い変奏曲楽章、という外形は、どうしてもベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタ第32番を連想させるが(チャイコフスキーの有名なピアノ三重奏「偉大な芸術家の思い出」の構成とも類似しているが)、まさに「それを意識して作られた」ことを作曲家自身明言しているらしい。
これは、この曲の「印象」からすると驚くべきことであるが、実際の「構成」そのものを見てみると、確かに「納得の行く話」ではあり、その響きのラディカルさとは裏腹に(ウィーン古典派に良く通じていたこの作曲家らしく、前回はハイドンに、今回はベートーヴェンに「拠り所」を求めた訳である)、「ソナタ」を基盤とする音楽として、きっちりと組み上げられている。
この音楽の「刺激性」は、まさに「書法そのもの」と「オーケストレーション」とに依存しているのであって、こと「形式」については、意外なほど配慮が為されており、その響きのようには聴き手を面食らわせない。
第1楽章は、しばしば「耳を聾する」音楽として受け取られ、演奏によっては、まさに「そのようなもの」にしかならぬ危険性もあるが、それは音量的に「フォルテ」である時間が相対的に長いうえ、「対位法的」というよりは「独立的に重なり合って進行する」声部同士が頻繁に不協和音を生み出すため、また絶え間なく続く音楽の「運動性」のために、その中で聴き手は「現在位置」を見失い、単なる「音の洪水」と受け取ってしまうからである。(「鉄と鋼」という言葉は、この第1楽章に良く当てはまる言葉ではある)
無論、音楽は「別のもの」を目指しているのだが、その入り組んだテクスチュアを実現するためにプロコフィエフが用意した素材は、いずれも「ごくシンプルなもの」で、「長ー短ー短」のリズムの繰り返しや、音符の刻みと繰り返し、四音から成る半音下降動機や(マーラー「第1」のフィナーレに出てくるものと類似=もっとも、これ自体、リストの「ダンテ交響曲」からの引用であるが。)五音音階(ドレミソラ)、短三度音程の順次進行(ラシドシラ)といったものに基づく、ごく短いモティーフを組み合わせているのである。(このモティーフは、「Dies Irae」の変形ともとれる「ラシラシラドシラ」といった形で繰り返される。)
これらの素材の「組み合わせ」は主題ごとに変えられるが、第一主題では今挙げたものの中のそれぞれ最初の幾つか、第二主題では次の「別の」もの(と無調的要素)、結尾主題では、その「コラール的な発展形」という具合(短三度音形がオスティナートとしても用いられる)となる。
各部分の「区切り」は明確なようにも思えるが(提示部の最後に「飽和的な」大きいクライマックスがあり、その後に「休止」があるように見える)、「展開」は、提示部においても進行しており(特に第二主題部)、そのため展開部そのものは思ったほど長くならず、同様に再現部も「縮小化」されるのは正しいバランスと言えよう。
つまり展開部では、むしろ音楽の流れが(逆に)クリアになり、各動機が「それらしく」整理されて構成され、さきの提示部における順列性が「反古にされ」動機群が短時間で同時的に現れるため、より「密度が高まり」、従って多くの時間を要せず、また、「エピソード」的なものを導入する余地をこの音楽が許さないため、「これ以上展開する事が出来ない」のである。
これが提示部同様、「コラール的」金管の強奏に終わると、今度はそのまま再現部となるのだが、いくぶん縮小化されたそれは「型通り」でもあるが、第一主題の領域が省略を受けており、その分「混沌とした」印象が薄れている。これによって、第二主題部の持つ、比較的はっきりした「対象性」と「性格」とが強調されることになるが、これは、この基調のまま、コーダ部に至って第一主題の再帰と結び合わられることで、闘争的な「本質」が、最後に至って「確認的に」暴露されることとなるのである。
それは「戦い」そのものを連想させる太鼓群の連打と、三たび現れる「コラール」が手短かに、金管のみによって強奏されることで強調されるのだが、このような性質は、時々比較されるオネゲルの「パシフィック231」のように「音楽的運動性」の追求(オネゲルのこの作品は、まさに「交響的運動」という「題目」を持つ」)からも「結果的に生まれる」もので、ミニマル・ミュージックばりの小さい音形の「反復」の持つ「前進性」によってもたらされている。
それは、モソロフの有名な(まさに「そのもの」を題材とする)「鉄工場」を挙げるまでもなく、彼の「時代」の、急速な、「強迫的」上昇志向に伴う「闘争性」ともリンクするのであって、「戦争」であるとか、ベートーヴェン的な「精神的闘争」ではない。
これらの音楽が「暴力性」を感じさせるとすれば、不可避的に進行する「時代的プロセス」のそれであり、もっとプリミティヴな背景としては、この「音楽的運動性」自体が「機械」の持つ「運動性」の「模倣」なのであるが、「鉄と鋼」という作曲者の言葉が「二重の意味」だったのかは解らないにせよ、図らずも、それは模倣の「対象」の持つ「本質」についても暴露することになっているのである。(以降、次回。)
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2006年09月16日

音楽の「言語性」とは?(77)

プロコフィエフの作品全体における「交響曲」の位置は、もしかすると「最重要」とは言えないのかも知れないのだが、あまり話題にならない「小交響曲」とその改作、「第4交響曲」とその改作(いずれも「翻案」というべき「違い方」であるが)まで勘定に入れれば「合計十曲」になる、という「数え方」もあるらしく、また、前述通り、彼の「常」として「それぞれ違ったもの」が目指されている、という点をも考慮すれば、「シンフォニスト」としても大きな「成果」を残したと言うべきであろう。(十五曲も書いたショスタコービチの存在のために、「交響曲」の分野ではどうも「霞みがち」の感があるが、もしショスタコービチがプロコフィエフ同様の「良く検討する」創作態度をとっていたら、あのような数は残さず、やはり「同程度」だったのではないかとも思われる。)
しかし、一般に聴かれるのは「第1」、「第5」、それから「第7」程度で(最近になって「第6」が比較的注目されているらしいが)、残りの曲が「質的に劣る」とかいうこともなく、また曲の「知名度」と「実質」とが必ずしも一致していないとも思われるだけに、「再評価」が必要な所であろう。
さて、まずは御馴染みの「古典交響曲(第1)」であるが、これには作曲者自身の「もしハイドンが現在に生きていたら作ったような」という「定義付け」の発言があることは周知のとおりである。
この「ハイドン風の交響曲」というものは、駆け出しの作曲家が「まずは腕試し」に(場合によってはヴェテランが「筆のすさび」の積りで)こぞって「書きたがる」ものの一つであり、しかも「ことごとく失敗してきた」類の「難物」であるが、プロコフィエフのこの曲は、「換骨奪胎」に成功した数少ない作品であろう。(マーラーの「第4」などもこの分類に入れても良いだろうか?)
この種の試みが「失敗」する原因は、ハイドンの「様式」と「外形」を模することに熱中するあまり、ご本尊には「満ち満ちている」ところの「フモール」の要素をあっさりと「看過する」ことにあるのだが(「モーツァルト風」よりも「ハイドン風」の方が「より難しい」のはこの理由による)、プロコフィエフの場合では、形式的には一見「型通り」であるが、第1楽章冒頭の序奏は省略され、第3楽章であるべき「メヌエット」は引っこ抜かれて「ガヴォット」が置かれていたりと、実際の所は、さして「ハイドン風」でも無いにも関わらず、まさにその「フモールの精神」において「それを引き継ぐ」ことに成功しているのである。
当然、オーケストラは「ごく普通の」二管編成となるのだが、しかしその「音色感」においては、プロコフィエフ独自の鋭いセンスが十全に発揮され、これが「そういう作品」だと認識させる大きな「力」となっている。特にこの作品では「コミカルな音色」が重用されており、ファゴットや弦のピッツィカート、管楽器の甲高い音などが、ハイドンでも「同様の趣旨」で使われることの多い「トリル」や「同音連打」、「ずらされたアクセント」や「不規則なフレージング」といった音要素と共に効果を生み出している。
曲は「いかにもそれらしく」分散和音の段階的な上昇で始まるが、これは形式上の「節目」ごとに再現する「目印」ともなっている。これは「序」というよりも、しばしば省略される「主題の開始部」とも見るべきで、この「分散和音」の要素は、続く「音階的下降」の要素と共に組み合わせられながら全曲に渡って用いられる。このハイドン同様の「純器楽的発想」に基づく進行は極めて「断片的」であり、短かいモティーフが次々に現れるのだが、出だしの露骨な「長調の響き」の「反動」のように、「ラドシラ」とか「レファミレ」とかいう短三度を巡る動きが交替しながら現れ、分散和音の形でも現れる「短調の響き」が軒並み「パロディーの対象」となっている。
長二度の繰り返しと短三度進行を付された六度上昇が目立ち始めると、第二主題への移行となるが、その第二主題も動きが「より緩やか」ではあるものの、休符を挟んだ断片的な性格であり、結局、これもオクターヴ進行を含みつつ、音階下降と分散和音を今度は「逆の順番」で繰り返しているに過ぎない。小結尾主題も同様で、分散和音の上昇と短三度の順次上昇を組み合わせたものであり、半音階的要素は意識して避けられ、それは展開部でも殆ど変わらない。
「型通り」の展開部は、第一主題、第二主題の順であるが、いずれも「動機的展開」というよりは「変奏」と言えるが、規則的リズムが特徴の第二主題がアクセントをずらされ、それがクライマックスとなるあたり、明らかに「パロディー化」されている。
再現部も当然に「型通り」であり殊更述べる事も無いが、開始の分散和音が結びにも「わざとらしく」用いられ、この「擬装したアレグロ」を滞り無く閉じる。
第二楽章も「典雅ぶった」態度が顕著だが、規則的に音階的上昇を刻む低弦の動きも、ヴァイオリンが息の長い主題で入ってきても、これが一体「何拍子」であるのかが曖昧なままで、不規則なフレージングの助けも借りつつ、終始この楽章をこのまま貫き通す。(ハイドンというよりはベートーヴェンの「第4」のそれを思い出させる所がある。主題自体の性格も類似する。)確保された後の中間部は長いが、ファゴットとピッツィカートの「はっきりしない音色」が、これまた「はっきりしない」細かい音階的な無窮動を長々と始め、音量を増すが、その後も短い音形が現れるばかりである。
無し崩しに無窮動を続けたまま「主題の復帰」となるが、本当の再現はその後で、形式上ではまるでバランスを欠く。ここでは第1楽章と違って、最初と最後だけが「それらしく振る舞われて」いるのだが、中間部の「不安定な」状態のために主題の復帰も「馬脚を現した」格好となり、予定通りの「コミカルな結果」をもたらすのである。結びのしつこい和音連打もパロディカルだが、しかしこの楽章を「勘違い」して演奏する傾向は絶えない。
第3楽章にわざわざ導入された「ガヴォット」は、ごく短いにも関わらず、この曲で最も「冴えた」もので、彼自身も気に入ったらしくピアノ用に編曲したり、バレエ音楽の傑作「ロメオとジュリエット」に取り込んだりしている。(但しここでは踊りの必要性からトリオを増やして長くされており、元々の「冴え」を失っている)ここでは短い変わりに半音階進行と転調が頻繁に行われ、確かなガヴォットのリズムを保ちつつ、新鮮な表情を与えられる。一転して「古風ぶった」トリオには「野暮な」持続音とトリルが多用され、これが「パロディー」であることを強調するが、見事なのは主部の繰り返しが全く別のオーケストレーションで弱奏され、何だか「干からびた」ような、元気の無いものに「すり替わっている」ことで、力が抜けるように閉じられる。
フィナーレはいかにも「プロコフィエフらしい」もので、第1楽章を忠実に引き継ぐ楽想が「より快速調」で現れ、今度も見事にソナタ形式を「演じて」みせる。
いきなり第一主題から始まるが、やはり分散和音動機と音階的下降から作られている。ここでは、シークエンスと、ずらされたアクセントが周期的に現れる和音打撃によって「矯正」され、のっけから「フモール」であることが誰の耳にも明らかにされている。第二主題部では面白い分散和音動機による「重心移動」に続いて、痙攣的に繰り返される同音反復が現れ、より一層「その性格」が強調される。小結尾主題も第1楽章同様の「材料」から作られているが、これが一番「鼻歌」めいているのがコミカルである。展開部では今度こそ「動機的展開」も「開陳」されるが、第1楽章と違い、提示部を逆の順番で辿ったあげく、肝心の第一主題の「展開」まで行き着いたかと思えばそれは再現部の始まりに他ならず、ここでもシンプルではあるが「フモール」が表明される。再現は「お約束通りに」経過を辿り、提示部の結びと同じ和音連打が全曲を閉じる。
プロコフィエフは、この曲の初演の後アメリカへ亡命するためロシアを出たが、これは何か「意外な感じ」を与えるとともに「象徴的」でもある。無論、彼はこの作品で「新古典主義」に転ずる訳ではなく、このあとの「第2」ではまた先鋭的スタイルに「戻る」のであるが、彼が十五年後に帰国する時、この「第1」のスタイルに近いものを再び「得る」ことになっているからである。(以降、次回。)
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2006年09月09日

音楽の「言語性」とは?(76)

セルゲイ・プロコフィエフは、比較的最近の存在である(1953年にスターリンと同じ日に没している)にも関わらず、その作品は広く支持され、また繰り返し聴かれてもきたが、我々が現在考える以上に、様々な作曲家に「影響を与えた」存在でもあったと言えよう。(日本の、特に戦後に台頭した作曲家の中にも=例えば芥川也寸志に顕著なように=深く影を落としている)
とは言え、大きくは「三つの時期」に分けて考えられるプロコフィエフの創作は、初期の極めて先鋭な(「未来派」とも称された)、不協和音を多用する刺激的な作風から(「スキタイ組曲」など)、ロシアを「脱出」してアメリカとフランスで過ごして徐々に「カドが取れ」、より調的な、新古典的な作風に推移した中期(「ピアノ協奏曲第3番」など)、ロシアに「回帰」して、いわゆる「社会主義リアリズム」の影響もあり、さらに「平明な」バランスのとれた作風へと至った後期(「交響曲第5番」など)、という具合で(日本での「受容」は、この時期の作品を「イデオロギー的側面」から捉えようとした点も少なくない。しかし、最も「魅力的」に写ったのは、「多くの人に聴かれうる音楽」という、作曲家にとっての「理想形」の一つを具現しているようにも見えた点であったろうことは想像に難くない。)、「カメレオン」とまで評されるストラヴィンスキーほどの「作風変遷」では無いにせよ、その「時期」によって評価が分かれる面もあろう。
その初期から連綿と「傑作」には事欠かない彼の作品ではあるが、一般に好まれているのは「帰国後」のものが比較的多いにも関わらず、これを初期の「前衛ぶり」と比較して「退行」と見なす向きも一向に衰えない。(しかし、その「初期」から、既に有名な「古典交響曲(第1)」のような作品もあるのを忘れてはならず、単純に「そこへと至った」、というような話では無いのは確実である。)
余談ではあるが、プロコフィエフには=実際の「作風」云々はさておいて=R.シュトラウスとの「共通点」が多く感じられるところで、その創作活動が経た三つの時期の「推移」の質的な在り方や(但し、プロコフィエフでは、その晩年の創作における「退行」的な要素についても、前述のような「積極的意味」をも求め得る点があるのに対し、R.シュトラウスの晩年作では「功成り名を遂げた」後の余裕ある「名人芸」が堪能出来るとは言え、例の「モーツァルトまがい」の協奏曲の類を見るまでもなく、「戯作三昧」めいた傾向と「自己模倣」に終始した感は否定出来ない。)、管弦楽法に極めて良く長じ、これを「創作の中心」に置いた事、二人とも「あまり精神的な作風ではない」点、それとリンクした「柔軟性」と「流暢さ」、絶えず作品の「受け」を異常に気にする傾向など(プロコフィエフの、「作曲とはいかに聴衆を驚かすか、という事」という発言や、R.シュトラウスでは、演奏会やオペラの「収支」の話が尽きる事無く続いた、というクレンペラーやアルマ・マーラーなどの複数の証言)、類似したキャラクターが感じられる所である。
彼もまた、スクリャービンやラフマニノフ同様に「ピアノの名手」としても名を馳せたが、九つあるピアノ・ソナタなどの重要な作品はあるものの、さきの二人ほど「作品全体に占める割合」は高くなく、万遍なく各ジャンルに作品を残した。七曲の交響曲、五曲のピアノ協奏曲、二曲ずつのヴァイオリン協奏曲とチェロ協奏曲(但し「2番」は「1番」の改作でもある)、これも二曲ある弦楽四重奏曲とヴァイオリン・ソナタ、八曲のオペラ、七曲のバレエ音楽の他にも管弦楽曲やカンタータ(うち二曲は映画音楽の改作=組曲「キージェ中尉」 、カンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」)、歌曲など、どのジャンルにも傑作が見いだされ、また創作活動全期に渡っている。
こうした多能ぶりは、何が彼の「創作の柱」だったのか考え込ませるほどであるが、驚くべきは一つ一つの作品がそれぞれ「違った趣向」を目指している事で、同一ジャンルでも「良く似た曲」というものが見いだせない。これは(さきの「いかに聴衆を驚かすか」という言葉通りに)「完全に意識して」行われており、実に徹底している。そのため、満足いかない作品については、後年になって「改作する」ということが(ストラヴィンスキーが同じ曲の「違った演奏ヴァージョン」を作り、そのたび版料をせしめた、というのとは違う)=ちょっとブルックナーを思い出させるほど=相当数行われており、中には全く「違った曲」のようになっているものもある。(「ピアノ協奏曲第2番」のように、スコアが紛失したため、止むおえず「改作」となった場合もあるが)
このことからも解る通り、彼の作品は(少なくはないにも関わらず)どれも「粒より」であり、そのスタイルの変遷と共に、様々な試みが見られ(「成功」の度合いに差があるにせよ)、興味が尽きない。
彼の音楽は、ロシアの作曲家にありがちな、「感傷性」や「情緒性」からは比較的遠い代わりに、適度に「乾いた」感触を持ち、「叙情的要素」にも欠けていない一方で、ミニマル・ミュージックめいた「機械的な」運動性もあって、独特のフモールを帯び、辛辣な、類例の無い「個人様式」を創りあげている。何を取り上げるべきか迷うのだが、「恒例」ともなった「交響曲」を見ながら、彼の音楽について考えていきたい。(以降、次回。)
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2006年09月02日

音楽の「言語性」とは?(75)

スクリャービンの第4交響曲は、その単一楽章形式の中に多くの「主題」を持っているが、「ただ一つの例外」を除いて、それらは、ごく断片的な要素(とその反復)を基本としており、むしろ「動機群」とでも呼ぶべきものである。
前述した通り、これらの「動機群」は、作曲者によって何がしかの観念的「意味」が、それぞれ明確に与えられていた、とも考えられるのだが、「音程」や「リズム」の上では明確に「派生関係」が認められる上、そのため類似した雰囲気を持つ動機が連続して現れ、しばしば対位的に「組み合わせられる」ことによって、例の「神秘和音」(四度音程を六個積み重ねたもの)の使用による模糊とした響きも加わって、この音楽特有の独特な「浮遊感」を醸し出す。
また、テンポも(「基本テンポ」は「アレグロ」でなく、「モデラート」程度と考えて良い。)動機群の推移に応じて頻繁に変化するもの、「実際の速度指示」と「聴覚上のテンポ」は必ずしも一致せず、また、シンコペーションや三連符の多用と相まって、「速度感」自体もかなり曖昧である。
これらの特徴は、再三述べている通り、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」(特に第二幕の音楽)、「パルジファル」(これも第二幕だが=クンドリーの登場場面における音楽)、それから「タンホイザー」における(後年ワーグナーが加筆した部分である)、いわゆる「パリ版」の「ヴェヌスベルクの音楽」(これは書法的にもかなり近いものがある)などからの「影響」は顕著である。(「神秘和音」にしても、「トリスタン」第二幕における、あの空前絶後の「愛の二重唱」の出だしにおける、いわゆる「夢の和音」=「ヴェーゼンドンクの歌」の第五曲「夢」と同一=の末裔と考えられなくもない。)いずれにせよ、スクリャービンのこの「法悦の詩」が、その「趣旨」からしても「トリスタン的なもの」を指向しているのは明らかであり、その名の通り、これらの音楽の中から「官能性」の要素を抽出し、「より感覚的な方向」へ発展させることに作曲者は注力している。(但し、ワーグナーが最終的に「女性的なるもの」による「救済」に向かうのに対し、スクリャービンでは、それは作曲家自身が「降臨」することでもたらされる、という違いはあるのだが。)
とは言え、これは「模倣」とか「追随」とかいう次元を遥かに超えて、スクリャービンの「最も独創的な作品」足り得ており、全体としては(二十分ほどの作品ではあるが)「簡潔」ですらある。
曲頭には短い序奏が置かれているが、「神秘和音」に始まるそれは、「第3交響曲」の場合のように(あちらでは、まさに「モットー主題」が提示されたのだが)、重要な動機群を既に幾つか含んでおり、主部と全く「不可分の関係」にある。
実際、主部への「移行」は、ごく自然に行われ、主部が始まったのか、また別の(同じような)主題要素が現れたのか、判別しかねるほどである。
この曲の主要な動機にはことごとく「短二度音程」が含まれており、最初の三連符を含む「h-dis-ais-h-g↑-ais-h」というh音を巡る動機、和音の変化として含まれる「f-e」(繰り返しの際は位置を変え上行してb−h」)、オーボエによる「c-h-b」の順次下降が続くが、ここでトランペットが現われ、a音を反復して入ってきた後「a-h↓-e↑-dis」という動機を出す所までが「序奏」ということになる。
こうして短い「暗示的な」動機を数個示した後、クラリネットが「a-e↑-d-cis-f↑-cis-d-dis-a」というやや長い「旋律」を奏でるが、これは「第一主題」とかいうには弱く、最初の動機の変化形と組み合わされ、一つの「ブロック」を形成する。この模糊とした部分にアレグロ部が続き、新たな動機が現れるが、これもまた「主部」というより一種「スケルツァンドな」性格を付されており、休符を挿んだ三連符で奇妙に歪められた「b-a-d↑-cis-a↑ーas-g-fis-d」という動機に(これは明らかに最初の動機や、さきのクラリネット動機とごく近縁のものであるが、テンポと表情は「パロディー化」されている)、揶揄するような同音反復が(最初の動機が同時に鳴らされる)続き、同様の経過が繰り返されるが長くは続かず(この個所はリストの「ファウスト交響曲」の終章「メフィストフェレス」で第1楽章の各動機が「パロディー化」されていたのを思い出させる。)、また元の雰囲気に戻るのだが、今度はしかし動機が「差し替えられて」おり、ソロ・ヴァイオリンが「c-e↓-f-fis-as-g」と始まる、かなり半音階的な要素を出す。(しかし「類縁関係」なのは変わらない)、ここではかなり「無調」的な感じが強まり、内部からの「圧力」が高まっているのを感じさせるが、ここでようやくこの曲の「トレード・マーク」ともいうべきトランペットの(繰り返すがスクリャービン自身を「象徴する」楽器である)長い旋律が現れる。
ホルンによる三連符の同音反復を含む「ファンファーレ音形」に続いて、トランペットに、先ほどのヴァイオリン動機に基づく動きのあと「h-e↑-dis-g↑-fis-h↑-ais-a-gis-g-fis」と始まる有名な旋律が現れるが、これこそ、この「交響曲」における唯一の「長い旋律」であり、登場のたび、徐々に長くされるか、もしくは「展開」される。(これは付点リズムや、その半音階の多用もあって、ブルックナー「第8」の冒頭テーマを思い出させる。第四楽章コーダ近くで音価が二倍となって再現される際は、特に「似た姿」となる。)ここでは当然、主題は「全貌」を現すこと無く、ほどなく静まって「提示部」は終わる。
そしてまた「模糊とした雰囲気」に戻るのだが、それは同じようでいて、少しずつ「位相」が変わっており、しかも明確に「展開部」に「移った」感じは与えないまま、実際には「事態が推移している」ことが、「曖昧に」示される。
提示部の「ブロック化」された構造は以後も引き継がれ、それぞれが変化し、拡大していくのだが、幾つかの動機は混じり合い、また幾つかは明確にその性格を保ったまま変化していくのだが、トランペット動機は、はっきりと「より明確に」「強い性格」になるべく方向付けられており、展開部後半でかなりの部分を占め、そして「動機的展開」を施されるが、結局その性格は保持され、いよいよ主題はここに至って「完全な姿」を現し、なおも続き、大きなクライマックスを作るが、また同時に序奏部の同音反復による「呼び出し」へと繋がり、「再現部」をもたらすのである。
その「再現」は、各部ともいくらか拡大しつつ変化を受けるが、比較的「型通り」ではある。(但し、ここでも絶え間ない変化により「不可避的プロセス」が進行していることは仄めかされている。)
これに続くのは「第二展開部」であり、これは最初のものより少し短いものの、その分さらに「密度」を高め「変化」の度合いを増している。ソロ・ヴァイオリン主題ブロックの変奏から入るが、いよいよトランペット動機はその「領域」を拡げていき、まず短い単位に分解され、「部分」ごとに「再確認」された後、唯一、ヴァイオリン群によるこの主題の「変奏部」があり、「内的クライマックス」が設けられる。
以後、開始以来の「模糊とした雰囲気」と交代しつつ徐々にこれを「退けていく」のだが、繰り返される中、意外にも提示部、再現部でしか出なかった「スケルツァンド動機」と対位法的に「結び合わされる」という「離れ業」があり、強固な「統合への意思」を感じさせる。
コーダにかけての「盛り上がり」については周知のことだろうが(注目すべきはこの「最終局面」で主題がホルン群の強奏に任せられることで、トランペット群は、これを「呼び出す」三連符の分散和音を奏でているのである。ここで「狂言回し」になる、ということでもあるまいが、これは「何を意味する」のか。)、この豪壮な終結もしかし、曲を支配する短二度の響きが(e-dis,a-gis)濃厚であり、オルガンまで動員するハ長調の和音に落ち着くまで、不思議な「影」に彩られ、その終わりを複雑なものにしている。間違いなく「始めからそれは目指されている」のだが、それはここまで注意深く「避けられ」ており、「主調」とかいうものではないのである。(以降、次回。)
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2006年08月26日

音楽の「言語性」とは?(74)

スクリャービンの第4交響曲「法悦の詩」は、彼の五曲ある「交響曲」の中でも「最も知られたもの」であると共に、彼の作品の大半を占める相当な量のピアノ曲の数々をさしおいて「代表作」とされる位置にある作品である。(「数の問題」ではなく、作曲家自身も管弦楽作品を「極めて重要」と考えていたことは確かで、むしろピアノ曲は、それらに向けての「準備的なもの」と見なしていたふしもある。)
創作の「柱」だったはずのピアノ曲については、比較的初期のものが(つまり、リストやショパンの影響の強いもの)「一般受け」し易く、それゆえ「演奏されやすい」傾向にもあるようだが、、その中でも「核」である十曲の「ピアノ・ソナタ」、特に後期の独創的な単一章形式の「凝縮された」様式による曲は、その「重要性」について常に注目はされにせよ(ある意味で「スペシャリスト」の「腕」と「解釈」とを要する性格が無くもないためか)、実際、思ったほどには「耳にする機会」には恵まれない。
このようなこともあり(最近、状況は変わりつつあるようではあるが)後期スクリャービンの「独自な世界」を一般に伝え得る「ほとんど唯一の機会」として(つまり大オーケストラという「フォーマット」の特質のために、ピアノ作品よりは「玄人受け」云々の話で無くて済み、また作品も「そのようなもの」=「交響曲」として書かれている。この場合、この呼称は「どう聴かれるべきか」についての作曲家の「意思表明」でもある。彼自身、これを極めて強く意識していたと思われるが、これは、彼の「発展」が、「より広い対象」を指向し、そのため当然「大きい演奏媒体」を必要とした「経過」からして当然ではある。ただ、面白いことに音楽自体の構成はむしろ「縮小化」して、例えばマーラー「第8」のような傾向へは向かわなかった。)、他のどの作品にもまして、「法悦の詩」の演奏だけが何故か「突出して行われてきた」のである。
この曲の彼の作品全体における「重要性」は、現在においても、いささかも減じてはおらず、それは実際、彼の晩年における「思想」のエスカレートとそのままリンクしていた、音楽語法上の発展や構成上の(観念的な)工夫といったものが、「机上」に留まらず、見事に「音楽そのものの成果」となって「還元されている」(それは「たまたまそうなった」のかも知れなかったのだが)、という意味で「最もバランスが取れている」からであり、緻密に作られた構造や、念入りにスコアに書き込まれた微細なソノリティの表現も、ここでは我々に「努力」を強いること(彼の「思想」云々に思いを巡らすこと)が無い。ここでは、聴き手は「響きそのもの」に注力することが可能であり、スクリャービン独特の「官能性」の「全開状態」を、充分に「楽しむ余地」があるのである。
(とは言え、これには曲と平行して書かれた難解な「テキスト」があり、それは例によって、曲の理解を「かえって妨げるような」性質を持つ、どうも「別個のもの」である。作曲者は、結果的にはこれをスコアに載せなかったが、この「思想」、「観念」と、実際の音楽との「ギャップ」は、彼の大きな「解決し難い問題」だったかも知れず=それは、「色光ピアノ」の例を持ち出すまでもなく、「音楽で音楽以上のものをやろうとした」ことに起因しているが=実際、この後の「プロメテウス」では「限界を超えて」しまっている場面が、少なからず見受けられるように思われる。)
単一楽章であるためもあってか、「交響曲とは名ばかり」で、実質「交響詩」であるとか思われることも多かったようだが、現在では「拡大されたソナタ形式」が(再現部の後に「第二展開部」を持つ。これは前作の「第3」の第1楽章にも見られた特徴である)確認されている。
但し、シェーンベルクの「室内交響曲」などのように通常の四楽章、ないし三楽章の「構成」の名残りを留めている訳ではない。(もし、あるとすれば、それはこの曲の多数のモティーフの=ほとんどが「ライト・モティーフ」風に断片的である=「性格付け」に反映していると見ることは出来よう。)
いずれにせよ、シベリウスの「第7交響曲」が「交響曲」であると十分認めうるとすれば、これにも同様に「その権利」を与えても良いような作品と言えよう。
序奏、提示部、展開部、再現部、第二展開部、コーダ、という順だが、研究者によれば、これらは各部の「四分音符の拍数」を「三十六の倍数」で整える、という「数の原理」による構成が見られる、ということになるらしい。(バルトークなどにも見られる「小節数」とかでない所が実に解りづらいが、スクリャービンのこれは、どうやら「ギリシャ起源」ということになるらしく、「三十六」はプラトン、「五」部構成はピュタゴラスに因る、ということで、そもそもが「思想的な問題」であるらしい。各部の長さは、それぞれの対比で「一、六、四、十六、三」というバランスであるが、これ自体にどのような「意味」があるのかどうかは解らない。)
はっきりしていることは、これらの「方策」が聴き手に「感じ取れるレヴェル」を完全に超えており(テンポの変動、ルバートなどを考え合わせるまでもなく)、バルトーク流の「黄金分割」でも「どこまで期待出来るか」解らない「心理的効果」、もしくは「そうしなかった場合の影響」を検討し得る「許容範囲」をすら逸脱している、ということである。
これは、スクリャービン自身にとっては確かに「重要な事柄」かも知れず、それはそれなりの「ヒント」を与えてもくれるが(もしかすると彼自身の「テキスト」自体よりは、結果的に「直接に実際の形として反映している」分だけ、「効果的」かも知れない)、もっと興味を引くのは、この「多主題によるソナタ形式の音楽」は、それぞれの「モティーフ」に、作曲者による「はっきりとした定義」が(それもかなり「事細かな」)必ず「あったはず」に違い無いにも関わらず、結局それらはブロック構造のうちに「階層的に」組み上げられ、積み重ねられ、確かに「ソナタ的に」仕上げられた結果、作曲者が張り巡らしたつもりの「連関」とはおそらく異なる「純音楽的なもの」が図らずも「獲得」されていることである。
例の有名な「神秘和音」を筆頭に、モティーフ群は「派生関係」にあり、音楽は何がしかの「物語性」を帯びる、というよりは、結局「自律的に発展する」ほか無くなっているのである。(以降、次回。)
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2006年08月19日

音楽の「言語性」とは?(73)

スクリャービンの第3交響曲は「神聖な詩」という標題を持ち、大規模な三楽章制を採る。以前の、「標題無し」の第1交響曲は六楽章、第2交響曲は五楽章から構成されており、第4「法悦の詩」、第5「プロメテウス」が単一楽章と(但し楽章数と全体の長さは正比例しない。)なる間の、数的にも構成的にも、丁度「真ん中」の形となる。
この曲は、まだ彼自身の「様式」が固まりきらず、構成的にもいくぶん拡散した印象を与える前二曲、しばしば「交響詩」と混同されさえするこの後の二作と比べると、内容的、バランス的にもおそらく最も「整った」ものである。(このため「標題」、及び彼自身による「プログラム」とでも言うべき、例の「神人」=作曲家自身を現わす=による「超克」云々という「ちょっとコメントに困る部分」を考慮せずとも、純然たる「交響曲」として受容が可能ではある)この曲の自体は第2交響曲から直接的に発展したもので、その「第2」は第1楽章と第2楽章、第4楽章とフィナーレがそれぞれアタッカで繋げられている、というマーラー「第5」ばりの構成を持ち、さらに第1楽章冒頭に置かれる循環主題が全曲に渡って利用される、という造りになっているのだが、真ん中の緩徐な第3楽章の「趣向」ともども、ここで「再加工」され、アタッカ部分については一つの楽章へと収斂させて、構成を「刈り込んだ」結果としての、ここでの「三楽章構成」となる訳である。(もっとも、これでも「統合化」への意思は=音楽的な「必然性」というより、むしろ彼の「思想」によるものと思われるが=収まらず、「単一構造」へと彼の「構成」は進んでゆくのであるが)
結果的に、この音楽は、リストの二つの交響曲に(「ファウスト」、「ダンテ」)類似したものとなっているが、特に、構造的にも似通った「ファウスト交響曲」からは、何らかの「影響」を受けているようにも思われる。
全曲は休止なく演奏されるが「継ぎ目」は、はっきりしており、また冒頭に現れる「循環主題」が折につけ出現すると共に、各主題に旋律的、和声的材料を提供している。これは強固に「イメージ化」されており、常に「定形」で現れる。音色的にも不変であり、重々しい低音金管による「ドシドミファ♯↓ソソ♯」に、彼自身を象徴する楽器である(何故かピアノではない)トランペットによる「ミド」という上昇音形が続き(この二つは以後も明確に区別されて扱われている)、音高を変えて繰り返されるが(音の動きとしては「短調系」であるが、作曲者はこれを「長調」として解釈している)、これはそのまま「序奏」ともなっているために、繰り返される際には「回帰感」をもたらすことにもなる。
ほどなく始まる第1楽章はコーダが「第二展開部」並みに拡大される他は比較的「正規な姿」をしており、長さの割(全曲の半分ほど)には見通しが良い。第一主題は、序奏の物々しさの割には「地味な始まり方」をするが、循環主題を「完全短調化」してシークエンスさせたそれは、弦主体の響きといい、リズム形といい、「リスト風」とかいうより、しばらくは「シューマン風」に進行するが、ハープの響きが混じり「ワルツ調」になるあたりから「スクリャービン風」の匂いがしてくる。ゆるやかな第二主題もまた循環主題に基づくが、こちらは低音主題の後半部を中心に組み立てられる。提示部の音響的クライマックスは小結尾主題によってもたらされるが、付点リズムと分散和音、かつ「シナをつくる」それは「ワーグナー風」でもあり「ハリウッド風」でもある。
「区切り」、循環主題の再現で知らされ、展開部となるが、意外な感じを与える主部の始まり方同様に、ここでも予想に反してドイツ風の動機的展開が続くが、音価を倍にして第一主題を強奏しながら繰り返すあたりも「ありがち」とは言え、どうもこちらの方が主題の「真の姿」を感じさせ、なおかつ、その後の部分での、マーラーにも通じる「停滞」状態から第2楽章主題が「夢のように」先行して出現するあたりは、スクリャービン独自のアイディアと言えよう。循環主題がまたしても現れるが、(いくぶん早いタイミングによる)それはブルックナーばりの金管によるクライマックスへと転じ、「沈静化してから」再現部へと向かう。
再現部も、割に「型通り」であるが、提示部よりも第一主題は力を失い「スクリャービン風」の「甘美な領域」が増しており、この曲の「中心」である第2楽章への「音響的準備」をしている。小結尾主題もそのまま循環主題へと繋がって「形式感」を強調するものの、しかし大規模なコーダがこの印象を弱める。展開部以上に夢幻的な「停滞領域」が現われ、暗くなると第一主題の再現との「対比」が行われるが、これらは何らかの「プログラム」の存在を感じさせる扱いである。
結局、この楽章では「解決」は先送りとなり、チャイコフスキーの「第4交響曲」第1楽章コーダの、あの、しつこいストレッタと類似した動きが現われた後(これは実際「参考にした」と感じられる)、循環主題がこの楽章を「裁ち切って」しまう。
「中心楽章」である第2楽章は、さきの展開部で現われた主題が長々と歌われるが(フルートの低音という意外な選択から始まる)、この「無限旋律」は循環主題の「トランペット動機」を交えながら、半音階的要素を増やしつつ、徐々に「トリスタン風」となる。(或いは「ヴェヌスベルク風」、「クンドリー風」でもある。これらの要素を「猛烈に拡大したもの」が次の交響曲、「法悦の詩」である。)
中間部では「鳥の声」が種々導入され、ソロ・ヴァイオリンによる主要主題とも組み合わされる。
響きや音楽の性格から「メシアンの先駆」とも言われるこの部分は、しかし、まずはワーグナーの愛した英雄ジークフリートが大蛇ファフナーに出会う前、森の中で母の面影を見る甘美な音楽に(一般に「森のささやき」とか言われ、断片的にも演奏される)帰せられるほうが「よりふさわしい」ように思われる。
賢明にも、この楽章では循環主題「そのもの」の再現は避けられるが、それに類似した「周縁的な」動きが後半部において金管に現われ、これまた甘美さを「消し飛ばして」しまう。
フィナーレとなる第3楽章は、こうして突然に立ち現れるのだが、これはいささか「難物」であって、トランペットによる循環主題を逆の順番で短縮して「もじった」音形はタランテラ風で、どうも「そぐわない」軽さであり、続く分散和音による「合いの手」共々、我々を面食らわせる。(但し、この「鼻歌風」の軽さは、楽章としては構成上欠けている「スケルツォ」の性格を「引用した」と見なせなくも無い。)これはロンド風に第1楽章第二主題に由来する音楽と対比されるが、「中断したまま」である前楽章由来の「甘美な要素」が、次第に「浸食」し始め、案の定、この領域が「支配的」となり、トランペット動機は当初の表情からそちらへ「引き寄せられて」いく。(しかしソナタ形式を採っているため、この「経過」は繰り返され、「再確認」され「強調」される結果となる。)
コーダでは様々な概出動機が「くだんの領域的に」処理された後、(ベートーヴェン「第9」フィナーレ以来の「伝統」となった、主要主題の「再呼び出し」と「否定」、「是認」、「肯定」も行われる)
結局は第2楽章主題が「凱歌のように」奏せられ、これまた当然のごとく、循環主題の「お出まし」となる。しかしながら、循環主題は当初のままの「威圧的な姿」であり、このため「大団円」というにはいささか「無理矢理」な感じでもあり、「型通り」の終結法同様に、割り切れなさ」を残して「お開き」となる。
音楽的、形式的には「整合性」が取れているにも関わらず、このようにして「内容」が内側から崩壊させられているのであるが、「神人」の概念はともかくも、この「循環主題」の存在に見て取れる、「分化可能」であるにも関わらずメタファー的に「不変」で「変更不可能」な性格は、しかし「多義的」でもあり、結果としてこの音楽にアクチュアリティを付与している。(但し演奏によっては、単なる「意味不明」とも成りかねない。)
「自己完結」の傾向が極めて激しいこれ以後の作品と違って、これはこの曲に備わった「美点」とも言えよう。(以降、次回。)
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2006年08月12日

音楽の「言語性」とは?(72)

スクリャービンは、その「大半の作品」がピアノ曲、という作曲家だが、初期においては「リスト風」、それから「ショパン風」の(似たような「マズルカ」の類なども書いている)音楽が相当数見られ、そのままであれば「割とありきたりの存在」だったかも知れないのだが、ラフマニノフ、プロコフィエフ、ストラヴィンスキー達同様にロシアを離れてから、著しく「個性化」していく。
前述通り、最も重要な作品群であるピアノ・ソナタに(見事に「書き分け」されている)ついては「当然のごとく」ベートーヴェンを意識した部分もあるが(但し、スクリャービンにおいては、ベートーヴェンではむしろ「二の次」の扱いであった「超絶技巧」の披瀝も重視されている。しかしショパンの場合ほど「ピアノ書法」と「音楽自体」とが必ずしも「不可分」という訳ではなく、この「二つの極」の間を揺れ動きながら進行する場合が多い。)、創作中期においてリストからワーグナーへと「影響」の対象が移り、さらに、実験的な要素の多い後期の作風へと変遷するにつれ、その和声の自由化と調性からの離脱などとリンクして、全く「独自のもの」となって行ったと言って良い。単一楽章制を採るようになっていく=無論リストのソナタの影響もあろうが=こともあり、時間的、空間的「密度」を高め得る手段として、これらの「実験」は機能していた。書法においてはドビュッシーなどとも共通する要素も見られる。)
大きな「転機」であるワーグナーからの感化は、以後のスクリャービンの行程を決定付けており、音楽自体は勿論のこと、とりわけその「思想」面において最後まで影を落としている。
ワーグナー楽劇の「総合芸術」という概念は、彼においてさらに拡大、肥大化し=結局実現を見ないまま未完となる=彼の「最終目標」であった、いわゆる「神秘劇」の構想において、あらゆる表出可能な「感覚的要素」に働きかけるべく(「五感」のうち、さすがに「味覚」だけは対象から外されていた)、前述の「色光ピアノ」とか「芳香オルガン」といった「トンデモ楽器」の試みや(調性に「色を感じる」、というのは音楽家にとっては割に「一般的な感覚」だが、当然に「個人差」が見られる。=例えばベートーヴェンの「黒い」ロ短調、輝かしい「黄金の」ニ長調というのは有名である。調号が増えるにつれ「中間色」の感じが強くなる、というのは共通した感覚らしいが、私の場合はフラット系が「寒色系」、「シャープ系」を暖色系と感じることが多い。これは人によってまるきり逆の場合もある。だとすると、この「色光ピアノ」が万人に違和感無く「有効」だったかどうかは怪しくなるのだが。)、それらよりは「より本質的な」音楽的な発展=これも前回述べた「無調」とか「数の原理」といった試みは、結局音楽の「内容」と「感覚性」を「より高いレヴェル」で一致させ、聴き手を究極的な「法悦の境地」へと導き、その体験を通して人間が「生まれ変わる」という新興宗教の教祖さながらの(文字通り、彼はこれらの体験をもたらす「存在」として「自分自身を想定」していた)目的を持った「神秘劇」の「完全な実現」目指しての「あらゆる叡智を総動員」しての「実験」であり、全ての作品はその「前駆」を為すものだった、ということになるらしい。
マーラーが彼の「第8」について、彼の以前の作品は、これに向けての「前奏曲」である、と「熱にかられて口走った」のと違って、スクリャービンの猛烈に「拡大解釈されたパルジファル」であるところの、この「神秘劇」構想は、始末の悪いことに「完全に本気」の「確信犯」であって、ニーチェ流に「超人」となった彼は、この宗教的な「超音楽」の幻想(妄想)を拡大し続けた。
この側面を直接反映しているのは、彼の楽器であるピアノによる作品ではなく、当然ながら「より公的な」性格を持つ「交響曲」と名付けられた五曲の作品である。
これはピアノ・ソナタ同様、後年では単一楽章による独創的な内容となるが、「序の口」と言える「第1」における「芸術賛美」から始まって、やがて「第3交響曲」である「神聖な詩」のプログラムでは(スクリャービンはその作品に文学的「説明」を付していることが多いが、しばしばそれは難解を極め、「音楽そのもの」とは異なった印象をもたらすことが多い。そこではもっぱら、彼自身の「振る舞い」について語られているのだが。)彼自身に他ならない「神人」が登場する、という具合である。聴き手はこれらと聴こえる音楽とを「摺り合わせる」のに苦労するのだが、にもかかわらず、この二つは「不可分」の関係にあり、演奏解釈そのものまでも難しくしている。(だからといって、これを全く「考慮しない」のも、おそらくは「間違い」である)
しかしながら、「第3」や最も有名な作品である「第4交響曲」の「法悦の詩」では、我々が音楽自体に「注力」しても差し支えの無い「バランス」が、一通り「崩壊」せずに保たれている。(以降、次回。)
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2006年08月05日

音楽の「言語性」とは?(71)

チャイコフスキーや、いわゆる「ロシア五人組」達の(実質は三人だが)後の世代の「ロシア音楽」となると、何やら、やたらと「知っている名前」にはお目にかかるものの、さきの「ビッグ・ネーム」たちの「余波」のようなものが強く残っており、リャードフとかアレンスキー、カリンニコフといった「やや小粒」な感もあるが「忘れ難い存在」もいるにせよ、最も「天分に恵まれていた」一人であったはずのグラズノフが、先達の「様式」を混合したような「折衷的な作風」のまま、結局長年過ごしたように、真に「脱皮」するにはさらに「もう一世代」必要だったようである。 
こうなると、スクリャービン、ラフマニノフ、そしてプロコフィエフ、ストラヴィンスキー、ショスタコービチという極めて「コアな」名前があるうえに、さらにグリエールやハチャトゥリアンなどの存在も見いだすことが出来る、という極めて「豊かな」状態となる。
果たして、これら全部を調べていく訳にも行かないが、どう見てもやや「後ろ向き」風な存在であるラフマニノフや(ピアニストにとっては確かに「大きい存在」には違いないだろうが)、作風の変遷が実に激しいグリエール、音楽史上でも極めて「特異な例」であるハチャトゥリアン(彼は濃厚なままの「民族的要素」と汎的な状態での「通俗性」が何の無理もなく「同居」し、実はことさら「新しい」訳でもない「様式」と「形式」を完全に「彼自身のもの」として「見せかける」ことの出来る稀な能力に恵まれていた。)を除いても、どうしても(「ロシア」ということを抜きにしても)「無視出来ない存在」ばかりである。一番「巨大」なのは(背の高さは無かったが)、もしかすると「このうち何人かを合わせたような存在」かも知れないストラヴィンスキー(実際、彼の作品の「様式」と「質」、「数」との兼ね合いを考えると、確かに「何人分か」に相当する)であろうが(ショスタコービチは、この条件のうち、特に「質」の点において大きな疑義が生ずる)、「知れた名前」である割には評価が未だ「微妙」で、実際、あまりその「価値」について一般には理解されていないのが=真に「大成」する前に若死した(同じような原因の死に方をした=幾ばくか影響を受けていたともされる=アルバン・ベルクよりもさらにもっと若く、亡くなった時43才ほどであった)アレクサンドル・スクリャービンと言えよう。
ラフマニノフとはモスクワ音楽院の同級生である(しかも二人ともピアニストでもあった)この作曲家は、長逝するまで結局「後期ロマン派を引きずり続けた」ラフマニノフと違って、最後まで実に「前衛的」であった。(もっとも、ピアニストであったせいか、その初期には、リストやショパンの「影響甚大」であるが。)
小曲中心だが、相当な量のピアノ曲と(しかし、真に「重要」なのは十曲ほどになるピアノ・ソナタである)幾つかの管弦楽曲という(「交響曲」と名付けられたものが大半となる)、歌曲と交響曲しか書かなかったマーラー同様の「二極」しかない彼であるが、様式的には、やがて調性から「離脱」し、複調、無調、十二音、(バルトークばりの)構成上における「数の原理」の適用(さらに特殊記譜まで試みている)、挙げ句の果てに「新楽器」の開発に思いを馳せ(十字架形をした謎の楽器や有名な「色光ピアノ」、終いには「匂い」の要素まで用いようとしていたらしい。
これらの「自己拡張」もさすがにここまで行くと、彼を「キワモノ扱い」するに充分、といった感じでもあり、実際、生前の今日では想像し難いような「高名ぶり」にも関わらず、結局彼を「狂人扱い」してまともに受け合わない風潮も、実際在ったように思われる。(確かに、それらの「思想」と、実際の音楽に現われた「結果」とに乖離があったことは否定出来ない)
しかしながら、これらの音楽的「展開」も、彼なりの「必然的な理由」に導かれてのことであり、何となく思われているような「スキャンダリズム」的なものとは違うらしいのである。
これは、早すぎた死による「未完成」のために一層「始末の悪い」印象にも見えかねないのだが、実際にはストラヴィンスキー以上に「コスモポリタン」であったこの作曲家の、狭いように見えて実は幅広い「世界観」に、強く「裏付けられて」いるものなのである。(以降、次回。)
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2006年07月29日

音楽の「言語性」とは?(70)

「リムスキー・コルサコフの作品」ということになると、やはりどうしても「オペラ」についても語られるべきであろう。数にして十五ほどあるそれは彼が「らしくなってきた」創作中期から晩年にまで渡って作曲されており、ほぼ同世代のドヴォルザークよりも早く、「交響的」作品や「純音楽的」作品の筆を折り、「オペラ創作」に注力したものらしい。例の「シェエラザード」が余程自信のあるものだったか、或いは何がしかの「限界」に達したものと思ったのか(彼の三曲の「交響曲」の=若書きとはいえ=「出来」を考えても、その可能性は非常に高いように思われる)、くだんの「代表作」を書き上げたあとは、磨きあげたオーケストレーションの技術をもっぱら「劇的要素」を抽出することに振り向けた。
とは言え、彼は偉大な友人達のように、大々的「国民的オペラ」の類のようなものには(一部を除いて)殆ど手を出さなかったし(それでなくとも彼は「ボリス・ゴドゥノフ」と「イーゴリ公」を補作した人物である。「同じ土俵」に上がる気は実際起きなかったろうし、仲間の内では比較的長生した彼の後年には、もう、「そのような時代」が過ぎてもいた。)、「ワーグナーのロシア版」も創らなかった。こうした「見識」の確かさはリムスキー・コルサコフの作品群を特徴付けるものであり、「似た趣向」のものはあっても「同工異曲」の類は無く、オペラの題材、テキストも注意深く選ばれており、あまりにシリアスなもの、「ロシア題材」であっても非常に「泥臭い」ようなものは採らず、どちらかというと「ニッチな方向性」、エキゾチックな題材やファンタジーといったものが多いようである。
概観すると、それらは想像以上に変化に富んでおり、実際「外れ」が少ない。有名な最晩年の「金鶏」や、次いでポピュラーな「サルタン皇帝の物語」は勿論、比較的初期の作品(例えば「五月の夜」など)も彼のこのジャンルでの「適性」を示すように意外なほどの「出来」を示しているが、ライヴァルであったチャイコフスキー以上に「作品群全体としての充実度」を示すにも関わらず、オペラ・ハウスの「恒常的レパートリー」としては(ロシア国内はともかくも)二曲か三曲が「レギュラー入り」するチャイコフスキーに及ばず、残念ながら「金鶏」ですら「その手前」位の所で留まっているようにも見える。
これらの作品に対しては、いずれ「再認識」されるべきものであろうが、それが「ロシアのオペラ」や、彼自身に期待される「一般的イメージ」と違って、微妙でニュアンスに富んだ(特に晩年のもの)、彼のオーケストラの音色のパレットの「細分化」に対応した、突出した要素の(特に「声楽的」には「圧倒的キャラクター」を要求せず、ソロ・パートも、むしろアンサンブルや合唱の中から「取り出した」ような性質を持つ。)むしろ少ない点において、ドビュッシーの「ペレアス」やラヴェルの「子供と魔法」のような、より近代的な、フランス的な「系列」につながるものであることを強調されねばなるまい。(だからこそ、彼はフランスで高く評価されたのである。彼が亡くなったのは1908年であったが、「ペレアス」は既に書かれていたし、ラヴェルは「スペインの時」を書いていた。ちなみにR.シュトラウスは、あの「エレクトラ」を完成していた。)
これらのうち幾つかについては、いずれ、詳しく調べてみようと思っている。(特に最後の「金鶏」はプッチーニにおける=同様な=「トゥーランドット」の場合のような「特別な力」が働いているように感じられ、惹かれるものが強い。)今回はいささか余事であったが、プロパガンダに努めてみた次第である。(以降、次回。)
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2006年07月22日

音楽の「言語性」とは?(69)

リムスキー・コルサコフ「シェエラザード」の後半二楽章については、大して「語るべきこと」は無いようにも思われる。シンプルだが充分に効果的な第1楽章、巧緻で独創性を見せる第2楽章と比べると、全曲で最も「旋律らしい」それを持つが(またそれゆえに)性格的には「やや平凡」第3楽章と、「物理的」(音量的)にはクライマックスを築くものの、いかにも強引さの目立つ終楽章は、ともすると「下り坂」めいて聴こえる面がある。どちらも「それなりの工夫」が凝らされてはいるのだが、オーケストレーションの「冴え」はともかくも、ことさら終楽章における「既視感」の強さは(「まとまり」にこだわりすぎた面もあろうが)どうにも隠し難いものがある。
第3楽章「若い王子と王女」は、緩徐楽章の役割ではあるが、「遅い」というほどのテンポでもなく、第1楽章主部の四分の六拍子、第2楽章の八分の三拍子に続いて(これまた二拍子/四拍子が回避され)、シチリアーノ風の八分の六拍子となる。(これは終楽章になっても殆ど事情が変わらない。シューベルト「未完成」の「中断事由」の一つとしても取り沙汰される「三拍子系の連続」だが、ここで敢えて導入されていることを考えると、やはり「違った価値観」の存在に気付かされる。)
最初にあるべき「シェエラザード主題」部分は、さすがに今回は避けられ、楽章の中程にずらされて(このために、本来あるべき「中間部」を欠くことになる。)、全曲で「ここだけ」というシェエラザードと「本筋」との絡みが設定されている。
いきなり、全曲随一の「歌」であるところの有名な長い旋律(「王子の主題」)が出るが、安定したト長調かと思いきや、ほどなくe音主体の進行が目立ち始め、ホ短調への傾斜が強くなる。出だしから短三度を(「ミファソ」など)含む音階上昇がここにも見られるが、「シェエラザードの主題」の特徴である「ソラソ」とか「ミレミ」とかいった長二度音程による反復音も頻発し、前楽章同様の主題的な関連性が保たれる。
主題結びのト短調への接近に伴って半音上昇の要素も現われ(前述の「ソラソ」が「ミファミ」といった短二度の動きに転じる)、クラリネットやフルートによる「曲芸的パッセージ」による挿入句が導入されるが、この要素は、以後もフレーズに挟み込まれる形で利用される。
下属調での主題確保に続いて、最初の二小節に基づく展開が続くが、長続きせず、第二主題(「王女の主題」)に移行する。これも基本的には同一の素材によっており、最初の三度音程の順次上行(今度は「ミファソ」から「ドレミ」となる)、そのあとの動きが(半音)上行でなく(半音)下降に転じることで変化が生じるが、シークエンスの多さやシンコペーションにも関わらず、アウフタクトを始めとする「リズム構造」は同一のものである。このため「差異化」するためにはもっと「材料」が必要で、それは打楽器による軽いリズムや木管中心のオーケストレーションによって補われている。
前述通り、第一主題の再現を中断して、「中間部の代わり」に「シェエラザード主題」が導入されるが、ソリスティックな動きが一しきりあった後、第一主題との絡みがあるのだが、注目すべきなのは、全曲で「ただ一カ所」のソロ・ヴァイオリンが「本筋」の主題を歌う「クライマックス」がここにあることで、これによりオーケストラとの「唱和」によって音楽に「別の段階」がもたらされるにも関わらず、不思議なことに、これは後の展開や終楽章にも何の影響も与えず、ここでも第二主題が「型通り」戻ってきてしまい、せっかくの効果を「振り出し」に戻してしまう。(次の楽章でもこの主題が「完全な形で」現れる以上、これは完全な「蛇足」であろう。どちらかを止めるべきである。)
以後、この楽章で行われるのは、第一主題と第二主題の性格を「摺り合わせる」ことで、後者をより「叙情的に」再現した後、前者を「より軽やかに」変化させ、両者の性格を近づけ(言うまでもなく「王子と王女」であるので)、プログラム的な意味合いを強めている。最後は、第二主題が自然に第一主題の結びのフレーズに「滑り込み」、第一主題冒頭の「スケルツァンドな変化形」で閉じられる、といった操作が行われている。このやや「意外な終わり方」は全曲の「静かな終結」への準備でもある。(しかし、この楽章については、友人ボロディンの強い「影響」を、まず指摘しなければならないところであろう。)
「問題の」終楽章は、前述の「訳の分からない」標題が象徴するごとく、「クライマックス」と「結び」足り得ることに躍起となっているが、これも述べたとおり、既出主題が複数以上「ほぼ原型のまま」現われ、また、それに伴って拍子やテンポ感が目まぐるしく変わり、音楽の進行がスムーズでないこと(弟子のレスピーギの「ローマの祭り」のフィナーレ「主顕祭」のような「コラージュ風」のつもりなのだろうが、それにしては、あのような「祭りの雰囲気」というにも=これも指摘した通り=そのために「再利用」された主題が既に「匿名性」を失っており、「あの主題の再現」にしかならない点が問題なのである。)、肝心の「祭り」のテーマが(これもまた短三度の順次進行を繰り返しており、リズムはまたしても三拍子系となる。終楽章での「新しい要素」は、全てこの短三度順次進行によっている。)
熱狂的、固執的リズムを目指したにせよ、結局、性格的に「弱い」ものであること、この主題の狭い音程での無窮動風の動きは「対位法的に扱う」ことが可能、即ち、他の主題と「重ね合わせる」ことが難しく無いものであるのに、「再利用」主題群とのリズム(拍子)上での「一貫性」を欠いているために、それが全く「不可能」となっており、単に基本リズムを打楽器に背景で叩かせたり、「交替」するのみに留まっていることなどが、おそらくは「欠点」として考えられるのだが、肝心の「タランテラ」自体は、効果的なオーケストレーションと共に「推進力」を充分に持ってはおり、真の「問題」は、やはり「祭り」エピソードに加えて、第2、第3楽章から「引用」する必要が果たしてあったのか(第2楽章の、二度目の「カデンツァ」の木管の「合いの手」までが「引用」されている)、というところであろう。クライマックスの「海の主題」の再現、そこからの主題連関を全曲冒頭を「逆にたどって」の「王の主題」、そして「シェエラザード主題」による結び(楽章冒頭のこの二主題の交替も含め)については、実に「的確」と言えるだけに、理念的な「整合性」の問題だったかも知れないのだが。
これを単に「交響曲的なフィナーレ」とすれば、確かに納得の行く点も多いが、それにしてもこの、余りの「繰り返しの多さ」には引っかかるところであろう。
いずれにせよ、思いのほか「動機的には統一のとれた」作品であり、作曲者の付けた「交響組曲」という名は、むしろ「控えめ」とも思えるが、標題抜きに「ソロ・ヴァイオリンのオヴィリガート付き交響曲」といってもまあ悪く無い位で、例えばR.シュトラウスあたりの、何がしかの「交響曲」よりは「らしい」感じである。それだけに「標題音楽」としては逆に「微妙」なのだが、このあたりの性格のバランスが、この音楽の「ポジション」を保証してもいるのであろう。(以降、次回。)
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2006年07月15日

音楽の「言語性」とは?(68)

「シェエラザード」の第2楽章「カランダール王子の物語」は、全曲の中でも最も充実した音楽であるだけでなく、リムスキー・コルサコフの創作の中でもおそらくは最も「独創的なもの」の一つでもある。
それは一見、「狂詩曲風」な、あるいは「幻想曲風な」ものにも感じられるのだが、実際には極めて小さい単位のモティーフが、印象深い旋律と対置されながら、様々な音色的変化を伴いつつ反復される形で(しかし音楽の「実質的進行」としては「静止した」まま)緻密に構成されており、音楽が「楽器法」自体と完全に「不可分」であると言う点で、独自なものを提示している。ここでは「楽器法」そのものが音楽の「実質」の大部分を担っているのであり、「それを抜き」に、これを見ることは間違いなのである。
バッハを筆頭に、様々な演奏媒体への「編曲」によっても確実に「実質」を伝える種類の音楽ではなく、こうした「音色感」そのものが重要であるような音楽は、このあたりから「始まる」と見ても良い。これは前述したように「オーケストレーション」が完全に「メソッド」として教科書化されたことと切り離せないが(「元祖」ベルリオーズが結局はあくまで「オリジナルな」響きを有していたのと比べると、リムスキー・コルサコフのそれは極めて「コピー」され易く、また、彼もそれを進んで「教えた」のである。)
冒頭は「お約束通り」に「シェエラザード主題」の、ほぼ原型での「再現」となるが(但し主部ロ短調に合わせてホ短調に移されている)、ほどなくコントラバス分奏(!)による持続音(空虚五度)に乗って印象的な主題がファゴットに現れる。一貫して八分の三拍子で書かれているが、二部分からなるこの主題のうち、前半A部分は実際にはヘミオラによる二拍子、ないし四拍子ともとれる性格を有しており、この最初の主題提示では、持続音の効果もあって拍節感に欠け、茫洋とした感じを与える。対して、後半B部分は明確に三拍子の性格となっており、対比が図られている。(自然短音階と不規則なフレージングのために「異国風」に感じられるが、「根本的な」リズムとしては、前半はブーレかガヴォット、後半はメヌエット風の匂いも感じとれる。)
作曲者も、このA、Bを明確に区別して取り扱っており、再現の際も、殆ど変化しないAに対して、Bは=特にその後半部分は=引き延ばされ、様々な楽器(アンサンブル)で盛んに繰り返される。
これは最初の三度の主題提示で一小節ずつ増やされてゆく=「レミレミ、ファミソファミ、ファ」、「レミレミファ、ミソファミ、ファミレソファミ、ファ」、「レミ、ファミレ、ソファミファミレソファミ、ファミレレミソファミ、ファ」という具合で、この短三度音程を基調とする「回音」モティーフは、以後、次第に「増殖」してゆき、際限なく現われ、楽章の「主役」となるのである。(主たる「材料」としては後述の幾つかのエピソードの他は、主題A部分とB部分のこの「増殖」要素の交替だけで成り立っている、と言って良い位である。)
この「シナを作る」部分は、次第に三拍子の拍動がはっきりし、リズムが細分化されるのと一致して効果を高めている。四度目の主題提示は短縮され、A部分に続いてBの「シナ」部分が空虚五度に伴われて(最初の提示と違い管の低音に移っている)チェロの独奏に現われ、Aの一部が「王の主題」と結びつけられた後、また「回音」フレーズが今度は主音上のオーボエに移され(目立たないが、このあたりが「うまい」楽器法というところである)、「主題部」(第一部)を終える。
自由な中間部では、前楽章の要素が再利用される。同一の素材による経過的な音楽の連続だが、まず「海の主題」に含まれる半音階下降が強奏されると、トロンボーンにいかめしいファンファーレが出る。これもまた「海の主題」によるもので、四度下降とさきの半音階下降、また四度下降という具合である。これは「王の主題」の変形を挟んで不定形に繰り返されるが、ストレッタとなって飛び込むのは「新たな主題」ではなくクラリネットのカデンツァだが、これは短三度音程による「曲芸」とでもいうべきもので、弦のピッツィカートの短三度上昇を伴う、独創的な「緩やかなトレモロ」の上にさきの「シナ」部分を「猛烈に延長したもの」を、クラリネットが繰り返す、というもので、三度もやられる。短いファンファーレの変奏を経過して「本来の」スケルツォ部分に入るが(ストレッタから、ここに行くのが「普通のやり方」である)、ここでの軽い、甲高い響きはメンデルスゾーン以上にベルリオーズ、特に「マブの女王のスケルツォ」を思い出させる。これは、結局「王の主題」の要素を取り混ぜながら、またしてもファンファーレ主題の「変奏」の繰り返しとなるのだが、意外にも「行進曲調」となってゆく。(当初のファンファーレの「サスペンスフルな」扱いからすると、何故か意味不明なほど「明るい」ものである。これも「響き」の点でベルリオーズ風で、木管の扱い、ピッツィカートの伴奏など、特に「ファウストの劫罰」の幾つかの曲を思い出させる。一体に、この「シェエラザード」自体、「イタリアのハロルド」の「造り」にインスパイアされたふしがあり、弦のオブリガート=あちらではヴィオラだが=ハープを伴ったソロの主題提示や、オーケストラとの「絡め方」などの楽器法の他、構想面でも影響が考えられそうである。)
これもまた同様に発展しきらないまま途切れ、今度はファゴットで「カデンツァ」が現れる。(さきのクラリネットと同様のものではあるが、今度は高音の木管で短三度上昇の「合いの手」が入る、という念の入りようである)これを「折り返し点」に、短いブリッジを経過して主題が戻ってくるが、A部分に続くB部分の「シナ」は、さらに繰り返しのたびに延長されてゆき、楽器群をすげ替えながら三小節増しのあとは、一気に六小節も増やされ、あとはAの冒頭二小節と、この「シナ」部分の交替でコーダが構成される。提示部を閉じたオーボエ・ソロの音形が「主音位置」で=ラシレドシドシラ=再び呼び出されるのだが、Aがフルートに出た後はこの短三度動機一辺倒となる。ミニマル・ミュージックさながらの扱いであるが、「王の主題」が、対位法的に「つきまとう」ことでまとまりを付けている。この「再現部」では短三度動機が、かなり「増量」されており、第一部同様に、そもそもが「単一主題の繰り返し」に過ぎない、この部分の動機上での「幅」をさらに狭めているのだが、多様な音色変化、ダイナミクスの変化、フレーズの長短によって聴かせる「腕」が「全てを保証」しているのである。それはベルリオーズのように予測不能な「飛翔感」には欠けるものの(とその「代償」としての「不安感」)、脅かされない「安心感」と共に、「響き」そのものに聴き手は注力することが出来る。(以降、次回。)
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2006年07月08日

音楽の「言語性」とは?(67)

リムスキー・コルサコフ「シェエラザード」の冒頭楽章、「海とシンドバットの船」に「序奏」として置かれている部分は、以後の全ての音楽に対する「筋立て」上の「断り書き」でもあるが、それ以上に、ほぼ全ての旋律的素材の「根源」を提示するものとして機能している。
周知の通り、「王の主題」、「シェエラザードの主題」が相次いで現れるが、完結性の薄い前者(そのため後の「利用頻度」と「変形の度合い」はこちらのほうが高い)と、ソロ・ヴァイオリンの音色と結びつけられた後者(こちらは明らかに「それと解る」形で用いられる)とは明確に区別されてはいるものの、基本的には「下降音階」を基本とする点で共通性を帯びている。
「王の主題」では、最初に四度下降が付されることで断定的な感じを与えているが、グロテスクなトリルや半音階が後半部に現われ、さらに「くずおれ」を見せることで、旋律が途中で「分解」してしまう。(このトリルや半音階は主部の「海の主題」にそのまま引き継がれるが、そこではそれは「描写的要素」に見事に変貌する)
これに続いて、木管の五つの和音が現れるが、単に「つなぎ」のように見えるこれは、しかし重要な「要素」を直接提示するものであり、短三度の音程(ラシドシラ)に収まる動きは「王の主題」にも別の形で含まれ(ソファミファ)、「シェエラザードの主題」では最も特徴的なフレーズとして結びの音形(ドシララ)として用いられており、以後、全曲における最も基本的な「最小モティーフ」として機能し、これに「基づかないもの」、「含まないもの」は、皆無と言って良い。(この木管の和音自体は、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」序曲の冒頭に置かれた一連の和音と、用法、意味的に「同一」のものと見なし得る。即ち、これらは曲頭において「何かを呼び出す」こと、もしくは何か「別の世界へ入っていく」ことを示しているのである。おそらくは、意識的な「引用」であると感じられる。)
この和音は期待されるホ短調もしくはホ長調ではなく、イ短調に終止するが、これを引き継いで始まる「シェエラザードの主題」も主音eから始まるものの、実際にはイ短調の旋律であり、調号によって高められるfis音の存在によって(半音階は含まないが)旋法性を帯び、そのためe音を中心に、「音階を巡る」動きとなる。前半の音階的下降と後半のカデンツ部分(レファラドシラ)とに分けられるが、「ドシラ」音形は他のモティーフでも多用されるため、必ず前半部分と共に分散和音「レファラ」が付された形で「主題認識」されている。これが再びe音に落ち着くと、ようやくホ長調が呼び出され、主部となる。
以後、終始続く、低弦による山形をした幅広い分散和音の伴奏音形が「波の描写」であるのは明らかで(この「揺りかご音形」はアンデンテやモデラートでなく、アレグロのテンポであることで「海のうねり」足り得ている)、間もなく導入される「海の主題」もゆったりした動きから、早まる音価とトリル、休符とピッツィカートによる「反響」によって描写力を付与されるが(ここで導入される順次半音階下降の要素は、後の楽章でも盛んに利用される)、終止することなく転調しながらシークエンスを持続することで、いわば「即座に発展」してゆき、このため楽章全体は「展開部」を欠くソナタ形式に、かなり近いものとなる。但し、この音楽のかなりの部分を「海の主題」が占めており、「ヨナ抜き」の反復音を持つ上昇音形(ソララソラドドレレドレミ)=「シェエラザードの主題」」から派生したもので(後にクラリネットのうねるような下降音階と組み合わされることで「出自」が明らかとなる)、形式上の「区切り」を示す役割を与えられ、さきの「木管和音」同様に「別の段階へ移る合図」として用いられる。伴奏音形が途切れる唯一の部分であることで、そのことが強調されるが、楽章後半部では、その伴奏音形が細分化され、同音反復が付されて、この動機と関連付けられている=第二主題「候補」と目されるべき、「海の主題」の冒頭の引用に続いて出る「船の主題」とも呼ばれる回音を持つ音形も(ファミラソレミソファミ、この短三度を含むモティーフは、しかし「海の主題」から派生したものである)、ほどなく「波に乗って」現れる「シェエラザードの主題」の変形と押し寄せる「海の主題」に呑み込まれ、いずれにせよ「エピソード扱い」の域を出ない。
そしてまた「再現部」でも(短縮されてはいるが)、またしても「海の主題」から始まる、という具合で、全曲を特徴付ける絶え間ない「反復」の要素が、のっけから「全開」されている。
無論、ここではそれが果てしも無く続く「海」の描写として「上手くはまっている」訳だが、この「反復」は「時間性」の感覚を曖昧にするだけでなく、全曲の「物語性」の、リアルさの無い「遥かな出来事」という「感触」を表出する上で役立っていることも事実で、作曲者がこれらの「代償」として準備した、細心を払った「通り一遍でない」オーケストレーションの効果もあって、我々は、これらの音楽において容易に「時間の感覚」を麻痺され、「現在位置」を見失うのである。(皮肉なことにこの傾向は段階的に進行するフィナーレにおいては薄められてしまうが。)これらの特徴は、衆目の一致する所、リムスキー・コルサコフの最高の作品の一つである、続く第2楽章「カランダール王子の物語」で、最大の威力を発揮している。そこでは、極小モティーフが際限もなく展開され、さながら「オーケストラのためのエチュード」の観を呈する。(以降、次回。)
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2006年07月01日

音楽の「言語性」とは?(66)

「シェエラザード」は、リムスキー・コルサコフの作品中で唯一の「恒常的レパートリー」となっており、非常に良く知られている。(前述通り、「スペイン狂詩曲」や、序曲「ロシアの復活祭」とかいったものも時々は演奏されるようだが。これらの作品は、いずれも「エキゾチズム」=「オリエンタリズム」だろうが「スペイン」だろうが「ロシア」だろうが結局スタンスに違いは無い=という共通要素を持っている。)
とは言え、どちらかと言えば「入門者向けの」「解り易い(但し「深みに欠ける」)」音楽(それにしては結構な長さだが)、と言う程度の見方、レコード会社の「オーケストレーションの名人による豪華で色彩的なサウンド」とか、「音楽絵巻物を楽しむ」、とでもいった途方も無く安っぽい「売り文句」がつきまとい、これをあんまり相手にしたがらない聴き手も少なくは無かろう。
実際、件の「オーケストレーション」を取り払って見てみると(「人気曲」のためか、他の「より色彩的でない」フォーマットに編曲された演奏=ピアノとかギターなどによるものもある=を聴くと如実に「解る」。)、全曲に渡って「容認しかねるほど」の、モティーフの頻繁な「繰り返し」が行われており、ここでの「題材」である、いわゆる「千夜一夜物語」のエピソードからの四章に(しかしなぜか「元の話」が、いったい「何」であるか、いずれもはっきりしていない。これはあくまで「イメージの利用」に過ぎず、「ストーリーの描写」ではないのである。)
キャラクタライズされた「シェエラザードの主題」とか「王の主題」が必要に応じて、たびたび「原形」で現れるというだけでなく、変奏もされ、また幾つかの主題と「派生関係」にあり、それらの主題は個々の楽章内部でもやたらと繰り返され、また別の楽章でも現われる(特にフィナーレではそれが顕著で、さながら既出モティーフの「回顧展」であり、より「個性的でない」フィナーレ主題、「強調」される結果となっている。)という具合で、「交響組曲」という良く解らない名称に「ふさわしく」(確かに外形はスケルツォ、緩徐楽章を挟み「ソナタ形式」の外形を留めた両端楽章を持つ「交響曲風」であり、主題間の連関も認められるが「発展」の要素には欠けている。但しこれが「交響詩」でないことは注目されるべきで、「筋書き」は追われておらず、実は最初から「設定されてもいない」のである。むしろそれに伴う「変化の激しさ」を回避し、音楽的「整合性」を重んじており、作曲者も「純音楽的素材」、「交響的発展」という言葉を述べている。それにも関わらず各楽章に付された「標題」は誤解を招くに充分であり、それはこの曲の「主題法」とも絡んで、曲の「受容」に常につきまとう問題ともなっている。)、この曲独自の「スタイル」を作っている。(無論これは、得意の「オーケストレーション」を引き立たせる要因でもあり=それこそ「音色旋律」でもないが=モティーフが同一であることで、逆に作曲者の「腕」が「試される」というわけである。)
冒頭楽章は「海とシンドバットの船」と題されているが、これは誰が聴いても(シンドバットはともかく)「納得の行く」もので「海の描写」であることははっきりと「解る」ものである。(『海軍士官だった作曲者の「経験」が生きている』とされるが、そもそも、これは「成功し易い類」の描写であることも確かではある)
まず重い強奏で「王の主題」、オブリガートであるソロ・ヴァイオリンで「シェエラザードの主題」が続いて現れるが(この音色は常にシェエラザードに結びつけられている)、これらは以後、様々な主題に「根拠」を与えるものとなる。作曲者、「ライト・モティーフ」について、どれも「キャラクタライズ」されたものでなく、「同一のモティーフ」も次の登場時には「別のもの」を表現している、としているのだが(実際「王の主題」は、直後に「海の主題」へと変形する。しかしこれは「成功」の部類であるが)、これにはいささか無理があり、少なくとも「シェエラザード」については「イメージ固定」であり(「海の主題」もそうである)、その登場はその度ごと(多くは楽章冒頭に置かれる)彼女が「語るもの」とされる「前提」を確認するものとして基本的に「不変」の形で(旋律、オーケストレーション共に)現われ、全曲の最後も結局「王」とのバランスのもとに(その「始まり」を再現しながら)「解消」されているために、途中で「王の主題」が変形されて現われる際にも、その「繋がり」を連想せずに済ませられる類のものでも無くなっており、第3楽章の「王女」のテーマが「王子」との対比を抜き取られて終曲の「祭り」のエピソードとして「登場」しても、我々は直前の「王女」のイメージを残したままなのである。(マーラーの「第5」のアダージェット中間部の終楽章でのパロディカルな「変容」と比べると随分とヘタクソな「措置」である)
「交響曲」であればこれらの「処理」も、とりたてて「不自然な印象」は与えないが、このように、なまじ「イメージ化」の度合いに「ばらつき」があるため、作曲者の「断り書き」は、半ば「無効化」してしまっている。「標題」のみで具体的ストーリーを挙げずに「聴き手のイメージに任せる」としているのも、むしろこの辺の問題の「微妙さ」を浮き彫りにしているようにも思われる。その最たるものが、終楽章の「標題」であり、「バグダットの祭りー海ー青銅の騎士の立つ岩での難破ー終曲」というのはスコアの「説明」にはなっているが(とは言え「祭りの主題」はどう見ても=イタリアの「タランテラ」であるが)、それ自体としては殆ど「意味不明」である。「海の主題」が戻って来るのは「音楽的な整合性」であって、当然、「結び」を「呼び戻す」ための手段であり、嵐と「船の難破」(なぜ「青銅の騎士の立つ岩」なのかは全く解らない)は、強奏と金管を多用する「クライマックス」の説明でしかない。
これは純然たる「標題音楽」ではないが、さりとて純音楽的な「交響曲」でもない。しかし、どちらかと言えば、やはり「交響曲の変種」なのであって、あまり考えられることのない「その面」についてもっと見てみよう。(以降、次回。)
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2006年06月24日

音楽の「言語性」とは?(65)

ボロディン、ムソルグスキーときて「ボリス・ゴドゥノフ」についても触れたかったのだが、あまりにも「展覧会の絵」に時間をかけすぎたので別の機会としたい。)、「五人組」残りのうち無視出来ないのは、ここまでも先の二人に絡んで名前の出ていた、ニコライ・リムスキー=コルサコフということになろう。あとの二人、キュイとバラキレフについては後者のピアノ曲「イスラメイ」が比較的著名である位で(但しこの曲に見られる「異国趣味」は他の「仲間」に大きな影響を与えたらしい。バラキレフは「仲間」の精神的リーダーであったらしいが、諸々あった末、終いには作曲から「足を洗って」しまい、そのため、結局大した「業績」を残さなかった。もっとも、これには極めて才能ある後輩=「仲間」が一人ならず存在し、また彼らの「価値」についてもバラキレフが「良く承知していた」らしいことも影響したであろう。)、実際の所は「名前だけが良く知られている」といったところであろう。
とは言え、そのリムスキー=コルサコフにしても(本国ロシアではともかくとしても)「事情」は、そうは変わらず、周知の「作品」といえば、突出して演奏の機会の多い「シェエラザード」と、似た傾向の管弦楽曲(実際に隣接して書かれている。)「スペイン狂詩曲」や、序曲「ロシアの復活祭」、幾つかのオペラからの断片(例の、「くまんばちは飛ぶ」とか「インドの歌」などを含む)程度が、せいぜい「知られている」ものであり、「教育者」として(ボロディンと違って、彼の場合は音楽の理論、特に管弦楽法、和声学等に貢献があっただけでなく、後進の育成に力を注いだ。その「最高の成果」は、ストラヴィンスキーである。)、それから周知の通り、ボロディン、ムソルグスキーらの作品の「補筆、完成」などにも尽力したために(その二人よりは長生きしたにもかかわらず)、作品の数自体も、さほど多くはない。
その創作の「中核」となるべきオペラは、どうもロシア以外ではあまり上演されないし(皮肉、彼が「普及版」を作った「イーゴリ公」や「ボリス・ゴドゥノフ」の影に隠れてしまう結果となっている)、三曲ある交響曲も「若書き」である上、彼の「作風」の「確立前」ともいうべきもので、重要なものとは言えない。(これもボロディンと比べて=数も同じだが=明らかに見劣りがする。)
それもあってか、我々が彼について認識しているのはせいぜい「管弦楽法の大家」というぐらいで、「音楽そのもの」については、やや「否定的な見方」をする向きも多いようである。これは「仲間」の作品の「補筆、完成」の際の「操作」=「普及」のため良かれと思ってのことだが=、カットや新たに加えた「創作」の他に、最も重大な「ミス」、オーケストレーションを「自分の様式」に「作り替えてしまった」ことに対する批判と合わせて、彼を何か「内容空疎」な、「問題のある」存在のようにも見せる結果となっている。
音楽の「実質」を「膨らますこと」が出来、場合によっては「覆い隠すこと」の出来る「技術」、それ自体として「確立」し、音楽の「実体」そのものであるかのような「技術」、この場合は「管弦楽法」であるが(既にベルリオーズが、この分野について著作をもって「注意喚起」していた。彼のロシアへの楽旅によって、それは「持ち込まれた」のである。あのオーケストレーションがリムスキー=コルサコフのそれと大きく違うのは、それが彼自身の「表現性」と全く「不可分である」ことと、その音楽自体がすぐれて「個性的」であって、結局「真似しようのないもの」になっていることである。コルサコフでは、彼の「弟子たち」=レスピーギまでが含まれる=を見れば解る通り、それは「伝達可能」なものであって、実際我々が「聴いて解る」ような点を多く持っているものである。この面でも「名人」と言われ、ライヴァルであったチャイコフスキーの持っている、自身の「音楽に適合した」粘着質な響きとも明らかに異なる。ともあれ、ベルリオーズの場合は、あくまで「概念」を示したが、コルサコフは「技術そのもの」を書き記したのである。同様なことはマーラーとR.シュトラウスそれぞれの「オーケストレーション」についても言えることで、後者の「名人芸」に対し、マーラーは、あえて「無理な音」、「歪んだ響き」を楽器に要求し、しばしば「鳴らない」書き方をし、音楽の「内容」と不可分のものとした。彼がこの面で最も「偉大」なのは、曲ごとに「ふさわしい」響きを探し当てようとしていたことである。それにしても、R.シュトラウスがベルリオーズの著作「近代管弦楽法」を「補筆」しているのは面白いことである。)、これは音楽がより「感覚的なもの」へとシフトし、特に「(心的な)何かを意味する」(但し外的な「筋立て」はしばしば用いられる。)でなく、自律的な「形式」を重んじるでなく(それでも交響曲への「執着」は示しているが)、「響き」そのものが重要であるような音楽の形態へと移行する段階において、この「提案」は有用であった。但し、その「完成」はリムスキー=コルサコフ自身によっては行われず、彼への評価が高かったフランスで、ドビュッシー、特にラヴェルによって「行われた」と言って良いかも知れぬ。(初期のストラヴィンスキーも、まさしく「正統的な継承者」であったが、やがて、それを自ら「ぶち壊して」違う方向へ向かったのは周知の通りである。)
リムスキー=コルサコフでは「先取り」のプリミティヴさゆえに、それらの要素が「勘違い」を受け易く、また彼が「より時間的に短い形式的フォーマット」を用いず、もしくは(ドビュッシーのように)「解放したまま終わる」可能性について、時代的にも「達していなかった」こともあって(一番の「近道」はバレエ音楽であったはずだが、彼は全くそれを手掛けなかった。それはストラヴィンスキーによって一気に「収束」したのだが。そして、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」や「ラ・ヴァルス」、「ボレロ」を忘れることは出来ぬ。)、彼自身としては、結局「未完成」に終わった感もあるのは確かである。しかし、ボロディンやムソルグスキーのような強烈な「個性」を持たぬ彼が「それの代わりに」用いた「方法」は、こうして別の形で大きな「影響」を与えたのである。(以降、次回。)
タグ:音楽
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