2008年02月23日

音楽の「言語性」とは?(143)

ショスタコービチ「交響曲第13番」の第2楽章には、彼の交響曲では多くみられる通り「スケルツォ楽章」が配置させられているのだが、前回述べたように、いつもの「場面転換」的な意味とはやや異なり、いわば「再起動」が主眼とされているため、音楽は彼得意の「ひねくれた調子」より「もっと芝居がかった」、オペラの一場面のような喜劇性が強調されるものとなっている。
無論、それはテキストの流れに沿った形で行われているのだが、その身もふたもないタイトル「ユーモア」に即して、かなりパロディックであり、彼が若い頃から好んでいた通俗音楽の調子(かねてから、「スケルツォのトリオ部」などには良く用いられているのではあるが)や民俗音楽、「第11番」をでっち上げるきっかけにもなった「革命歌」の引用まで飛び出して、これらが楽章全体を覆い尽くす。
これらが、いわば「庶民の音楽」を意識した結果であるのは確実であって、彼自身の「いつもの調子」の出現も含め、その「意図する所」は明らかであろう。
(ここでの、「やや度の過ぎた」筆致や、彼独特のキンキンした管弦楽の音色も、声楽の「渋い音色」で幾分中和される上、その音色が「皮肉っぽさ」も強調する効果も生み出している。)
声楽部の扱いは、ここでもムソルグスキーの「影響」が良く指摘される所で、例の有名な「蚤の歌」とも根本的に共通する所のある詩の内容(擬人化された「ユーモア」が、権力やその暴力にも屈しない自由闊達さで暴れ回る、といったものだが、処刑場に引かれていく、という点も含め「ティル・オイレンシュピーゲル」を思わせる点がある。無論、R.シュトラウスとは違い、ここでは「逃げおおせる」のではあるが。)もあってか、誰が聴いても「彷彿とさせられる」類のものである。
ともあれ、詩に沿った進行のため、通常の「スケルツォ」の形式は「下敷き」程度のものに留まっているが、「無声のコメディー映画の伴奏音楽」のようなそれは、冒頭から「音楽的滑稽さ」の羅列であり、木管のハ長調の和音に続いて現れる弦のユニゾンによる「des-ges」の遠隔調の動き、変ホ長調と思われる音階的上昇の反復、変ホ短調の下降分散和音、固執されるハ長調和音の繰り返しと続く「空中分解のような開始」は、結局「得意のギャロップ調」になだれ込むものの、その先も同音反復ばかりのぶっきらぼうな独唱、かけ離れた音程での合唱の入り、という具合に、「脈絡の薄い要素」の「唐突な併置」というハイドン以来の「大原則」を忠実に守っており、それは歌詞など無くとも「そのようなもの」であることは明らかに解る。
(この「解りやすさ」はショスタコービチの音楽では「むしろ異例なもの」で、交響曲の「スケルツォ」では「第5」のそれがやや近い。ここでは詩の流れに「添う」関係で、「形式」が極めて曖昧だが。)
以後、ワルツ調(それこそ「第5」を思わせるソロ・ヴァイオリンも出てくる。)や、冒頭楽章の開始をもじった民俗音楽調の部分、という具合に続くが、この後で現れる印象的な管弦楽の「やや長い間奏」は、彼自身の「同じような歌詞を持つ歌曲の引用」とされ、それは「間違いなくその通り」なのだが、「裏読み」が過ぎるのかどうか、これを曰く付きのバルトーク「管弦楽のための協奏曲」の例の第4楽章、「第7交響曲」を茶化したという音楽に出てくるメランコリックな旋律の「もじり」だという「説」があるらしく、これについては作曲家がそれと言明していない限り(仮にそうだとしても言わないとは思うが)「眉唾」としておこう。確かに「その一件」以来、「バルトークの音楽と思われるもの」が彼の作品に「強迫的に」現れるのは述べた通りだが、これも繰り返す通り、彼の「フィルター」は「かなり甘い」のであって、「過去に聴いた音楽」とか「書いた音楽」が容易に、無意識に「新作に入り込む」確率が高く、「本当にそうかどうか」は、ただ「本人がそのつもりだったかどうか」の一点にかかっているため、真実はまさに「霧の中」なのである。(それに、そもそも当のバルトークの「メランコリックな旋律」自体が、「ハンガリー人なら誰でも解る引用」の類らしいことには触れておこう。そして、「バルトークの」ならば「こうしたこと」は間違いなく「確信犯」なのである。)
ともあれ、これは額面通りの「ふざけた間奏」と採るべきであろう。
「引用の解釈」は「実際の音楽」よりも「それを立派に見せる」危険があり、繰り返す通り、ショスタコービチの場合では、「本当に買いかぶり」である可能性が相当に高い。
ともあれ、ドイツ流の「フモール」とはかけ離れた「乱痴気騒ぎ」は、その旋律と共に、彼の若い頃の闊達さを思い出させながら、目出たく「打ち上げ」となる。
そして、これを最後に、彼はこのような「陽気な音楽」を書かなくなるのである。(以降、次回。)

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2008年02月16日

音楽の「言語性」とは?(142)

ショスタコービチの「交響曲第13番」が「バビ・ヤール」と呼ばれるのは、その第1楽章がその題を持つ単一章のカンタータとして作られたことの名残りでもあるが(これは最初「交響的ポエム」という、「ちょっと困った名前」で呼ばれていたようである。)このために通常の「交響曲の冒頭楽章」が果たすような役割、即ち、「全曲を規定するような音楽的モティーフの提示」であるとか「中心楽章」としての「アレグロ・ソナタ」を満足させるようなもの(そもそもショスタコービチではこれが「難しいこと」ではあるのだが)は期待出来ない。
前回述べたように、この「交響曲」では、詩の内容に応じた全体の「方向性」「関連付け」は行われるにせよ、それは冒頭楽章で規定される、というよりは後続楽章によって「継承される」ために「持続」が生じているのであって、しかもその「連続性」は決して強い訳でも無い。
さて、この第1楽章が「交響曲への昇格」にあたって何か変更されたり、拡大されたり、というようなことがあったかどうかは良く解らないが、むしろ「出来具合」を見て「続き」を書こう、と思い立ったというのが筋、という所で、このおかげで、そのまま単一章のままであったらせいぜい「問題作」程度で埋もれただろうと思われるものが、「大きな成果」までに昇華したのである。
構成は詩の内容に沿って生じているが、暗く重い第一主題部とややスケルツァンドな第二主題部、推移部と第一主題部に基づくクライマックスを経て曲頭の雰囲気に戻っていく、という具合で、各部が詩に応じて変化し、それぞれ長さも変わるため、ロンド・ソナタ形式の名残があるようにも見える。
序は無く、いきなり第一主題部から始まるが、これは自然短音階による低音部の旋律に金管の半音階的上昇に始まるモティーフが対比される二層構造であって、これは「単一的でない」性格、この曲の「批判精神」を反映しているとも思えるが、彼好みの「長ー長ー長ー短ー短」の四拍子の引きずるようなリズムの反復を伴って、強い短調の性格と共にこの楽章の基調を形作る。
開始と同時にチューブラ・ベルで主音の変ロ音(変ロ短調の調号が与えられており、フィナーレも明確に変ロ長調で書かれている。)が鳴らされるが、これはフィナーレの最後でも余韻を残し、この「交響曲」の統一感を与える、単純だが極めて効果的な手段となっている。これが「弔鐘」であることは明らかで、友人でもあるブリテンの最高傑作「戦争レクイエム」で同じように曲頭と結尾で鳴らされる「鐘」を思い出させるが、奇妙な事にこの二作品はほぼ同時期に書かれており、「何らかの影響」は前後関係というよりは、二人の作曲家の「交流」がもたらした「偶然の一致」か「アイディアの共有」というものかも知れぬ。(但し、ブリテンの作品の初演後にショスタコービチは「残りの四楽章」を仕上げており、この「鐘」が「後から付け加えるもの」としては極めて簡単な手段であることを考えると、冒頭の鐘の音自体、ショスタコービチが「拝借して」後から書き加えたものである可能性は高いような気がする。この曲が「交響曲」となったのも、ブリテンの最上の作品の「影響」かも知れぬ。不勉強にして「この関係」について触れているものを読んだ事が無いが、「全く関係無い」とは私には到底思えない。)
第一主題部の旋律の運びはいかにも「ロシア風」であって、彼自身の「第11番」を埋め尽くした例の陰鬱な雰囲気とも近いが、とにかく声楽部は調性的、自然短音階的な色合いが強く、彼の偏愛する短三度、短二度音程の「徹底的な作曲」の感がある。これは第二主題部においても同じであり、いずれにせよこの「伝統的ロシアスタイル」は、どうしても「ボリス・ゴドゥノフ」を思い出させる音調と共に、「抑圧された民」のヴィジョンを蒸し返している。(彼がここでムソルグスキーを思い出しているのは次作「第14番」へのその影響=彼はムソルグスキーの歌曲集「死者の歌と踊り」のオーケストレーションまでしている=を考えても、確実なように思われる。)
彼の作品として特に目新しい構成などは見られないが、ここでも、主部の再現とクライマックスを一致させる、という彼の交響曲でお馴染みの手法があり、これは彼の「主系列」の作品である「第5」「第8」「第10」などと同じであり、この音楽を「交響曲」と思わせる効果を持っている。
もっとも、それらの作品とは違ってそもそもが単一章であるために「語り終えること」が求められていることには変わりなく、結びにかけて増していくレチタティーヴォ的要素による強調もそれを示しているのであるが、そのため続く楽章が同じように「スケルツォ」であると言っても、他の交響曲ではそれが全体の流れの「中断」を示しているのに対して、「第13」では「再開」である、という本質的な違いがあり、このため、この曲の第二楽章は「過度なまでに道化ていること」が要求される。
そこに用いられた詩、「そのものずばり」のタイトル「ユーモア」はそれを正統付けるにはもってこいの「素材」なのである。(以降、次回。)
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2008年02月09日

音楽の「言語性」とは?(141)

ショスタコービチの「交響曲第13番」は、彼の晩年を飾る「三大交響曲」の最初のものではあるが、「交響曲」としての外観は楽章配置の仕方にその名残がうかがわれるものの、実際には多楽章の「カンタータ」であって、例の「森の歌」などとその意味では大差無い。
そもそもこの曲は、エフトゥシェンコとかいう若い詩人の「バビ・ヤール」という「ユダヤ人、ウクライナ人がナチス・ドイツによって虐殺された土地の名が付けられた詩」に触発された作曲家が単一楽章のカンタータを書き、特に「以後の展開」については念頭に無かったというのであって、しばらくたってから「交響曲」の形に膨らまそう、と思い立ったらしく、この際に同じ詩人の別の詩を持ち出してきて、さらに新しい詩を一つ提供してもらい最終形態とした、という成り立ちを持ち、このため「寄せ集め」という訳ではない「脈略」が、それなりに設けられており、少なくとも友人ブリテンの「春の交響曲」よりは「それらしい仕上がり」となっている。(これはマーラーが「大地の歌」を「歌曲集」のつもりで書き始めたものの、結局「交響曲」に他ならぬ、ということで仕上げた、という経緯を幾分思い起こさせるが、この前例を彼は知っていただろうか。)
詩の内容は、それぞれ特に関連性がある訳では無く、とりわけ深刻な内容である冒頭楽章以後、ソヴィエトの社会批判や体制批判的な内容という点で共通性はあるものの、あくまで作曲家の「配慮」によって全体の纏まりが確保されており、ここに「交響曲」たる由縁も見る事が出来よう。(「第13」全体が「バビ・ヤール」という名で呼ばれるのは、このため適当なことではなく、もっと何か「象徴的な名」が必要であったろうが、むしろこの際、削除して呼ぶべきであろう。)
さて、端緒である「バビ・ヤール」がファシストへの糾弾だけであれば問題は無かったろうが、実際には「ロシアにおけるユダヤ人問題」についても触れている、となると事は穏やかでは無く、他の楽章が「もっと露骨な」体制批判とも取れる内容とあっては、この「国民的大作曲家」の作品の歌詞が「一部訂正を強いられた」、というのも無理からぬ話で、他にも「演奏拒否」という事態まで引き起こしたらしいのだが、それにしても、前二作の題材の選び方からは想像も出来ぬような「危険な問題」に取り組む、という「ぶれ方」は理解し難く、同じ人物とは考えられぬようなものである。
ともあれ、「全曲に渡って歌われる交響曲」は彼としても初めての試みであり、「前例」として有名なのはメンデルスゾーンの「2番」や、マーラーの「8番」や「大地の歌」、ヴォーン・ウィリアムズの「1番」などがあるが、彼がここでもマーラーを拠り所としているのはおそらく確かであろう。(それまで彼は非常にイレギュラーな「第2」と「第3」でしか声楽を用いなかったが、それらはむしろ「添え物」のように響いていて、そこでは重要なのはむしろ管弦楽部における「実験」であるように見える。)いずれにせよ「詩」は相当に重視されており、時折現れる比較的長い管弦楽部や、マーラーの「第8」ほどには厳密では無いものの、楽想の共有と変化による書法が「交響曲」としての面目を保つ。
第3、第4楽章がやや似通っているものの、ここではショスタコービチの典型的な「パレット」が総動員され、最良の形で纏まった観があり、声の使用のためか晩年に向かって色濃くなる、痩せたテクスチュアや気難しい無調性の影も薄く、重苦しい内容の割には聴き易く、解り易い。
その「声」がバス独唱とバス合唱、という異例の形によっているのは、無論ブリテンのような「同性愛趣味」が影響したものでは無く、そもそも冒頭楽章がこの編成で書かれ、それが継承されたものであろうが、「混声を使用した場合」における「コミュニティの雰囲気」を出さぬ、テーマにふさわしい「プロテストの感じ」を良く現わしており、大成功と言えよう。
そして当初感じられたかも知れぬ「生々しさ」も薄れた現在となっては、おそらく彼の「最良の作品の一つ」であるらしいことも明らかとなったが、残念なことに当初の「ケチ付き」もあってか、なかなかディスク以外では耳にすることが出来ない。(以降、次回)

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2008年02月02日

音楽の「言語性」とは?(140)

さて、内容、価値の善し悪しはともかくも、作品を積み重ねて「交響曲作家」にとっての「運命の数字」である「第10」を無事クリアしたショスタコービチではあったが、その後の「第11」「第12」では「ほぼ堕落に近い」とも言えそうな、恥も外聞も無いようなものを「交響曲」として発表する、という「ご乱心ぶり」となり、この有様からして=「当局」以外は別としても=最早、彼に「この分野で何か期待する」のは到底無理なようにも思われた。(とは言え「他の分野」に「特筆すべき物」があったとも言えず、お仲間の為に書かれた協奏曲とか、何故か過大評価される、数の割にはどうも中身の乏しい弦楽四重奏曲などが「主なもの」であって、他の作曲家の一部に見い出し得る「晩年の充実」には程遠く、ごく一握りの作品を除けば、御立派な「作品表」とも言い難い。)
実際、この有名な「シンフォニスト」は「第10」を最後に、「栄えある交響曲の歴史」を継ぐような「まさにその名にふさわしい作品」を結局書かなかったのは既に述べた通りである。
さきの二曲は無論「選外」としても、彼の作品としては「傑作」と言って良い最後の三曲も「そういう意味」では結局の所「異形」と呼ぶ他無いもので、「第13」は実質的には「カンタータ」であり、「第14」は「オーケストラ伴奏による連作歌曲集」なのであって、これらがわざわざ「交響曲」と呼ばれているのは「構成上の理由」とか、彼には求め得ない「綿密な主題連関」とかの理由ではなく、その「内容的なヴィジョン」の大きさ、広さによって「その名がふさわしい」とされているからであり、この意味では相当に偏狭なものである「第2」や「第3」、どうみても「交響詩」でしかない「第7」や「第11」「第12」などよりは余程「その資格」があるとも思える。
逆に外見上では唯一「交響曲らしいもの」である「第15」は、しかしその「器」が「極めて自伝的な内容」と「引用とパロディー」によって見事なまでに「意図的に骨抜き」にされており、他の二作と比べても、かえっていまだに聴き手を惑わせる、見ようによってはショスタコービチの「様式の集大成」と言って良いようなものとなっている。
「第13」は当初から「交響曲」として構想されたものでは無いというものの、これらの三作は最終的には「三部作」のような纏まり方をしており、彼が「殆ど死を覚悟」して、「遺言」として書かれた、とも言われる見事な「第14」を中心として、文字通りの「最後の一花」を聴かせてくれる。
「第15」の一見意味不明な内容も、なお生きながらえた末の「最後の交響曲」として狙い済まして書かれていることは明らかで、もはや感傷味の抜けきった不思議な音を鳴らし続ける、自然現象をそのまま映し取ったような、妙に静謐なコーダを響かせて別れを告げるまで、これはこれで見事な「締めくくり」であって、ベートーヴェンでもマーラーでもなかったショスタコービチの「交響曲」を、最後には彼らしく皮肉っぽく閉じていく「幕引き」である。
これらが無くてはショスタコービチの「作品表」は相当「お寒いもの」になることは確かで、例え「第5」が未だに「最高の人気作」であるとは言え、彼が後世に余韻を残す作曲家であるためには、
先に述べた「弦楽四重奏曲」などでは「事足りる」とは到底思えない。
不思議な事に、ここではショスタコービチの音楽は、まだ「豊かさ」を残しており、「ヴィオラ・ソナタ」にしびれる向きには不満だとしても、彼の美点でもある「ポピュラリティ」と「内容」が高いレヴェルで調和した、ショスタコービチの「最高の作品」を見て取れるのである。(以降、次回。)

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2008年01月26日

無題ーハイドンのミサ曲について

いい加減に再開しようと思っていた矢先、風邪をこじらせてしまい、またも遅れてしまったのだが、いざ始めようと思ったら、このところハイドン晩年のミサ曲(六曲もある!)など聴いていたせいで、予定の「ショスタコービチの歌入り交響曲」が色褪せて見える事はなはだしく、それが確かに彼の「傑作」の一つとはいうものの、どうにも採り上げる気持ちが起きてこない。
そこでクッション代わりにこの駄文をしたためている訳だが、ハイドンのこれらの「ミサ曲」は、「交響曲」をとうに書き終え、「天地創造」「四季」の二つの名高いオラトリオを挟んで、彼の「実り多く長い」その創作活動の中で、弦楽四重奏と共に「最後まで作られていた」ものであって、それこそショスタコービチの「交響曲」など比較にもならぬ、その「揃いもそろった充実度」にも関わらず、不当にも、あまりにも知られておらず、聴かれてもいないのである。(それに=物理的な年齢の比較など意味が無いとしても=六曲のミサの最初のものが書かれたのは、何と、ショスタコービチの交響曲でいえば既に「最高作」たる「第14番」を書き終え、もはや最後のパロディックな「第15番」を残すのみ、という「物理的年齢」なのである!)
これらの「ミサ」が「宗教音楽」という「意味」において、どのぐらい「それにふさわしい」のか私には断じかねるのだが(いかにも「交響曲作家の手」によるものと思われる、引き締まった、一切ごまかしの無い書法は、例えばモーツァルトとかヴェルディとかの艶っぽい「オペラ作家」のそれよりは余程「ふさわしい」とも感じるのではあるが。)、いずれにせよ「最上の音楽」に属するものであって、他に比較するもののない、それだけで「一つのジャンル」を形成しているような作品群であるのは確かである。(それにこれらはベートーヴェンの二つの「ミサ」、とりわけ=これも無視されがちな=「ハ長調ミサ」への「呼び水」としても、極めて重要である。)
ここでハイドンは、いかにも彼らしく「定型」を創り踏まえながら、様々な試みを「余裕を持って」行っている。一見これらは「大同小異」に見えるのかも知れないが、ハイドンの交響曲や弦楽四重奏を良く知る者にとって、尽きる事の無い悦びと興味を与えてくれる。
これらについては全ての曲について採り上げたい所だが、それはいずれかの機会に譲らねばならず、次からはこれまで通り、もっと寒々とした「痩せた音楽」に立ち戻るとしよう。
ハイドンについて詳しく語るには、私にも、もっと「経験」が必要かも知れぬことだし。(以降、次回。)

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2007年12月15日

音楽の「言語性」とは?(139)

ショスタコービチの「交響曲第12番」のフィナーレ第4楽章の驚くべきタイトル「人類の夜明け」が、一体どのような経緯で付けられたものか知らないが、それが「当局」からの要請であるにせよ、「自主的なもの」であるにせよ、彼自身これを「パロディー」と受け取らなかったことは確かであろう。(無論、この交響曲の趣旨からして「そのような扱い」は、有り得ない訳ではあるが。いずれにせよ、リストが「ダンテ交響曲」の最後で「天国を描写しようとした」ものの、「不可能だ」というヴァーグナーの助言に従って「マニフィカト」を付すに留めた、そうした「学ぶべき前例」は、全く役に立たなかったようである。R.シュトラウスですら、「ここまで悪趣味」では無かった。)
なんとか盛り上がろうと努力する音楽は、しかし見事なまでの霊感の無さとルーティーン極まりない書き方によって、問題のタイトルを「貶めるには充分」な出来具合を示しており、彼としては手際の良い循環作法や、紆余曲折とまでも行かないまま予定調和的に辿り着く、ショスタコービチの「栄光の象徴」である「第5」や「第7」のエコーたっぷりの「終結法」も、いかにも感銘を与えない。(彼は、どうもシベリウスの「第2」とか「第5」とかいった「祝典的終結」を持つ作品をここで思い出しているようだが、特に「ニ短調ーニ長調」という調性も合致する「第2」のフィナーレが念頭から消えていないようである。彼はこの期に及んでも「参考」を必要としているのである。)
彼の交響曲としては「簡潔」ですらある見通しの良さも、目指したはずの「名人芸」の切れ味も感じさせず、ただひたすら、この作曲家が「既に終わっている」ことを確認させるまでである。
彼は自分が「交響曲」の「栄えある歴史」の一部であるとは、おそらく見なしていなかったのではあろうが、このようなものを「発表すること」自体が既に何がしかの「欠陥」がこの作曲家に存在することを如実に示しており(ロッシーニとかR.シュトラウスのように「戯作三昧」に耽ることが罷りならぬというのなら、それこそ、シベリウスのように作品を握りつぶし「沈黙する」手もあっただろう。もっとも、「戯作三昧」には「名人芸」が必要であり、「沈黙」には「審美眼」が必要であるが、彼には結局「不充分な持ち合わせ」しか無いのである。)、それはむしろ彼が年を経るにつれ「より強くなっていく運命」にあったようである。
一般に「誤解」されている最晩年の作品の「厳しさ」なるものは、痩せきったインスピレーションの「産物」であり、自己の作品に「甘い」傾向は何ら失われず、結果として、緩みきったタガによる脈略の薄い内容が、好意的に「意味深さ」と思われているだけで、ベートーヴェンの晩年と「比較する」など笑止千万、という出来具合であり、絶対的な「レパートリー不足」の恩恵に過ぎぬ。
前述通り、このような作曲家に今後「何かを期待する」のは無理なように思われるのだが、果たして「最後の一花」は訪れ、死を意識した作曲家が臆面することなく繰り出した一部の作品には、それでも「名誉挽回」に値するものがあり、交響曲では最後の三曲が、それにあたる。
それら全てが「最高」とするにはあたらないかも知れないが、少なくとも一つは「それに近づき」、残りは、少なくとも彼の作品では「高いもの」に属する。(以降、次回。)

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2007年12月08日

音楽の「言語性」とは?(138)

ショスタコービチの「交響曲第12番」は、前回触れた第2楽章を「この交響曲では最良の部分」として、後はその「描くべき内容」に反比例して、見事な「下り坂」を辿ることになる。
続けて演奏される第3楽章には何故か「オーロラ」という名が付けられているが、無論これは例の摩訶不思議な「美しい自然現象」のことではなく、無粋にも「革命行動への号砲」を文字通り「ぶっ放した」「巡洋艦の名前」なのだそうである。
この音楽を、そのタイトルのイメージだけで聴くと「全く意味不明」であろうが、その事さえ承知すれば、これはレスピーギの「ローマ三部作」どころかグローフェの「グランド・キャニオン」並みの「解り易い描写音楽」であり、砲声を模した音形や、波の描写など、ショスタコービチの音楽の中でも最も具体的な「映像感」を持っているものの一つであろう。(チャイコフスキーの「1812年
」の演奏で行われることがあるように、「実際の大砲」でも持ち出した方が、この曲での作曲者の「意図」に沿っているような気すらするが、彼はその手の「仕掛け」には無関心だったらしい。)
この楽章が前作「第11番」の第2楽章における「虐殺の場面」の「裏返しの構図」であるのは明白であるが、「ネガとポジ」の関係にしては、実質上「全体のクライマックス」であった「11番」のそれとは違い、作曲家はこの「転換点」の描写に御執心でないか、あまりイマジネーションが湧かないらしく、あれほど執拗だった「虐殺の場面」の延々たる描写に対して、ここでの音楽は四分にも満たない、という「第9」の時のような短い「尺」になっており、明らかに他の楽章とのバランスを欠いている結果となっているが、これは単なる「時間的な長さ」だけでなく、その「描写に徹した」ような書き方、筋書き的には「ヘソ」であるべき部分であることからしても、明らかに不当である。
作曲家としては「フィナーレへの序奏」のつもりなのかも知れないが、一応は「総括」を目指したと思われるフィナーレや他の楽章との「質感の違い」は明らかで、この交響曲の「基調」である、見られている事を十二分に意識しきった「内面的でない内面性」、「共有されるべき内面」という「絵に描いた餅」すらかなぐり捨てた、まるで元も子もない「映画の伴奏音楽」のような響きによって、決して悪いものでない第2楽章の余韻を見事にぶち壊し、「人類の夜明け」という、精神鑑定したくなるような「途方も無いタイトル」が付けられたフィナーレを呼び出すのである。
このような「前口上」を持った第4楽章の内容は「推して知るべし」であって、その「力作」めいたスバラシイ「総括」は、「こんなもの聴くんじゃなかった」という後悔の念を、「第11番」の時以上に、たっぷりと味合わせてくれるのである。(以降、次回。)
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2007年12月01日

音楽の「言語性」とは?(137)

ショスタコービチ「交響曲第12番」の、どうにも拭えない「生彩を欠く」印象は、この作曲者お馴染みの「練りの少ない」ままでの「書き飛ばし」、という「いつものやり方」ではなく、(相変わらず筆が速いとは言え)、構想を良く練り、比較的時間を多くかける、という一般には「結構なもの」と思われる「慣れないスタイル」を採ろうとしたことにも原因があるようにも思える。
比較的短い全体の長さも、いつもと比べると確かに「無駄無く良く書けている」スコアの印象もそれを裏付けているように思われるが、おそらくこの交響曲では「最も良い出来」を示していると思われる第2楽章も、彼としては「無駄の無い」、流麗な筆致にも関わらず、かつて彼が書いた音楽のエコーに浸され、はっきりとした「良い印象」を与えてはくれないようである。
このような緩徐楽章は、今までの交響曲でも繰り返されてきた「タイプ」の敷衍であることは確かだが、例えば、これと良く似た感触の、より短く書かれた「第9」の第2楽章と比べても、晩年の近くなった作曲家らしい「奥行き」が増しており(熱意ある演奏ではそれが如実に感じられる)、素材を絞り、それらも前後の楽章と関連付けられ、いつものような脈絡の薄い突発的な楽想の「乱入」も無く、落ち着いた展開を見せるこの音楽は、このタイプの彼の楽章としても「良い出来」と言える。
しかし、何故かそれは「かんばしい印象」を与えず、要するに「新鮮味」の無い音楽という感じに終始するのである。それは前作「第11番」の冒頭楽章のような「保留状態」をもう一度なぞっているようなこの楽章の性格設定や、何にも増して前作から盛んに彼が繰り返している「革命」関連の自作引用に基づく「お気に入りの動機」が、変化を受けてはいるものの「またしても」ここで顔を出し(曲の趣旨からすれば当然かも知れないが)、結局の所、楽章の主要素材は「それらに限られている」上、第1楽章で指摘した「解り易さ」への配慮に起因すると思われる「お手軽な素材選び」がここでも影を落とし、どうも「制限が加えられている感じ」を強くさせるのである。
この楽章の趣旨が、交響曲後半の「力の解放」に向けての、「沈思黙考」(この楽章には「ラズリーフ」という、かつてレーニンが「革命」を密かに準備した、と伝えられる地名が付けられている、ということになるらしい。)を示すものであるとは言え、ショスタコービチがここで「抑えている」のはまさしく「自己」でもあり、それがおそらく「冴えない感じ」を誘うのである。
もう一つは前述したような「技術の披瀝」のために彼が「このようなスタンス」を採ったこと、即ちこれが「全てを支配下に置く」ために必要な「コントロール」のための「方策」であり(さんざん指摘した通り彼は「自己コントロール」が極めて苦手なタイプの作曲家である)、確かにそれは「技術的には成功」し、少なくともこの楽章に関しては、おそらく「音楽としても成功」しているのだが、その「完成度」は、どうも彼本来の「何か」を妨げているようなのである。
但し、この楽章からは彼の「第13番」以後の交響曲の音楽が垣間見えてもおり、その意味では注目されるものではある。(以降、次回。)

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2007年11月24日

音楽の「言語性」とは?(136)

ショスタコービチの「交響曲第12番」の第1楽章は、見かけ上では「ごく一般的な交響曲の冒頭楽章」の姿形にも見える。殆ど「古典的」と呼べそうな「序奏付きアレグロ・ソナタ」を目指して書かれたような音楽は、「遅いテンポ」(モデラート)という程でも無い序奏の開始部と、「より速いテンポ」(アレグロ)による主部の第一主題が全く同一の素材に基づいており、その序奏自体も主部において再現させられる、という、同じニ短調によるフランクの「交響曲」という名作の第1楽章に倣ったような「フランキストまがい」の造りが見られる。(もっとも、このような手法は彼自身の「第8」とか「第10」でも見られたものだが、いつもの「緩い使い方」とは異なる「直接性」が「古典性」を感じさせるのである。)
そのためか、単に「外形」からこの楽章を見ると、彼の作品としては無駄の無い「良く書けた」もののようにも見えるのだが、「失当」と思われるのは、「革命のペトログラード」という物々しい題が付けられた音楽に期待されるべき内容と、このような「整った形式」が相容れないものであることであって(何の「事前勉強」も無しに、この楽章の「標題当てゲーム」をした場合、作曲者の与えたそれを答えられる者はただの一人もおるまい。)、何か思い出したように展開部ではめ込まれる、この交響曲でただ一カ所の「革命歌の引用」と思われるものも主要主題の「展開」に全く埋没しており、いずれにせよ「引用」そのものが目的の一部である前作「第11」とは大きく異なっている。
音楽自体は彼の作品を良く知る者にとっては実に「新鮮味の薄い」、既視感に満ち満ちたものとなっており、まず申し分無いようにも思われる処理法(例えば序奏と第一主題の外形が「全く同じ」であるために、「序奏の再現」が「第一主題の再現」と読み替えることが可能、という単純だが効果的な手法など)にも関わらず、冒頭モティーフの平凡さと、それとも関係付けられた、大きく取り上げられる第二主題の明るい音調の通俗性が(彼はどうしても先輩プロコフィエフの傑作「アレクサンドル・ネフスキー」、エイゼンシュテインの映画に付けられた、この輝かしい音楽と内容、そしてその成功が忘れ難いらしく、この交響曲のあちこちで「その余韻」を響かせているが、この主題とその扱いにもそれが感じられる。)示す通り、不思議なほど無意味な、「霊感無しに作曲する」という、ヴォルフがブラームスの「第4交響曲」をこき下ろす際に使った名台詞が思い出されるような「技術の空転」を感じさせる。(これは、常々「高い技術」を感じさせる訳では無いこの作曲家のことだけに、異例のことにも思われる。)ここで見られる、あまりショスタコービチらしくない「流麗さ」は、コーダにおける序奏の再現が全曲のコーダの「予告」を兼ねる、というアイディアに至るまで馬脚を現わさないが、以後の音楽は「標題的」な流れにも傾きがちで、このかっちりとした「第1楽章」を、かえって「異形」に感じさせることにもなる。(以降、次回。)
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2007年11月17日

音楽の「言語性」とは?(135)

確かに「目立った成果」ではあるのかも知れないが、「困った作品」、もしくは「成功作」と言えども「その要素」には事欠かない「不完全な」ショスタコービチの交響曲群の中でも(無論、交響曲に限った話でも無いが)「最も困った作品」、彼を特に支持しない者は勿論のこと、熱烈に支持する者ですら「言葉に詰まるような」、スバラシイ作品とされるのが「交響曲第12番」である。
「1917年」という副題が付けられたこの曲は、言うまでも無く「11番」の続編として「革命の成就」を描き、その指導者レーニンを賛美する、という内容であって、「十月革命とレーニンのイメージを具象化しようとした」という作曲者の「言わずもがな」の発言が示す通りである。(これに類似する発言は、同じ題材である「第2」の時、それから何故か「第6」の時にも見られた。もっとも、彼は当該作品に対して「上手く行かなかった」と付け加えることも忘れない。)
彼がこだわり続けてきたこのテーマを、「機は熟した」とばかりに取り組んだ訳だが、当時の「国家の重大行事」であるところの「共産党大会」への祝典的な「機会音楽」も兼ねており、作品の肯定的な内容や、良く非難の槍玉に挙げられる「人類の夜明け」という、フィナーレの「正気を疑うような」タイトル付けも、このような「事情」によるものと見ることも出来よう。
いずれにせよ、「11番」の鬱積した「暗さ」と、しかし集中度に欠ける纏まりの無さに対して、「続編」とは言うものの音楽の感触は大きく異なっており、曲はコンパクトに「予定調和的に」進められ、この作曲者としては比較的「無駄の無い構成」を示しているにも関わらず、より「空転」の感じは強くなり、見事に「説得力に欠ける」その出来映えは、前作のような「具体的な情景描写」が不可能であることによる「理念的な内容」と、彼が意図したR.シュトラウス風の流麗なモティーフ操作が「不一致」を生じていることが主な原因だと思われる。
作曲者は、「やろうと思えば出来る」と言わんばかりに、ヴェテラン作曲家ならではの「名人芸」を示そうとしているのだが、第1楽章の、絵に描いたような「序奏付きアレグロ楽章」が示す通り、何か「借り物」であるかのような印象(彼の成功した「交響曲の第1楽章」が、いつも「ゆっくりしたテンポ」によるものであることは良く知られている。彼は「本格的な交響的アレグロ」を書く、という意欲を示す発言を「第10」の発表後にもしている、ということらしいが、「第1」や「第9」のような「変則技」のようなものしか書いていないのは確かである。)が拭えない。
それは、ショスタコービチがR.シュトラウスやラヴェルのような「職人芸」とは「遠い存在」であることを示すばかりであり、いつも不徹底であるとは言え、彼の「美点」である「内的な傾向」を、ここでは意図的に欠いていることで生じた表現と内容の「実体の無さ」が、その技術的な高さにも関わらず「第12」を衆目一致する「駄作」としているのである。
これは一種の「罠」であって、「1961年」という信じ難い作曲の年を度外視しても、「名のある作曲家」が本気で取り組んだものとしては殆どあり得ないような「空虚さ」は、前述通り、この後の作曲家に、何がしかの「豊かな実り」があろうとは到底想像出来ないようなものなのである。(以降、次回。)

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2007年11月10日

音楽の「言語性」とは?(134)

ショスタコービチは「交響曲第11番」で、そのフィナーレである第4楽章において何とか収拾を付けようと躍起になったようであるが、既存のモティーフや新たな「革命歌」の引用を総動員し、持てるテクニックを駆使して築き上げたR.シュトラウス的「動機合成」によるクライマックスは、その聴き映えのするオーケストレーション共々、どうにも「空転」の印象を拭えない。
既に述べた通り、「革命歌」もしくは「その類似品」である自作などの数々の「引用」は、「思い入れ」はともかくも(作曲者には、それぞれの素材が「スバラシイもの」と思えるのだろうが)、「素材」としては「あまりにも平凡」であり、このような「合成処理」にふさわしいものではない上、「指導動機」を処理するような手際で扱われるには、それぞれの定義付けは曖昧に過ぎ、単に「好きなフレーズを適当に組み合わせた」ものとしか聴こえない危険もある。
現に、前楽章でもクライマックスとして用いられた「短二度と同音反復」が、またも使われ、イングリッシュ・ホルンの「モノローグ」などの「お決まりの手」の羅列と相まって、さながら「セルフ・パロディー」の観を呈しており、「警鐘」なる意味深長なタイトルも実際にコーダで打ち鳴らし続けられる実際の「鐘」の音色の乱用によって、皮相なものへと転ずる。
楽章の進行は殆どポプリのようにも聴こえ、さながらリムスキー=コルサコフの「シェエラザード」の、あの中では一番出来の良く無い、例の第4楽章の親戚のように響くが、音楽自体は、何となくマーラーの「第2」のフィナーレ第5楽章を思わせる所があるようにも思われる。(これはマーラーにおける「復活」という概念に影響されたためかも知れぬ。)
「情景描写」の前半二楽章や、第3楽章とも違って「時間軸を持たない」この楽章は、この交響曲で最も「思想的」であって、その「アジる」ような性格で、これに共感出来ぬ聴き手を見事に辟易させてくれるが、全てをレスピーギよろしく「音楽絵巻」のように捉える「お気楽なアプローチ」が(それが作曲者の「意図通り」とは到底思えないが)、この「交響曲」を演奏会レパートリーに上らせることになり、ショスタコービチの、ここでの「もう一つの目標」だったとも思える「名人芸的作品」としての「需要」を呼び起こすことにはなったらしい。(実際、そのような捉え方でも無ければ、この「交響曲」の出来具合は「相当お粗末」であり「その名に価するもの」としては「相当堪え難いもの」であるため、結局「料理法」としては正しいのであろう。)
ともあれ、その流暢さに欠ける音楽に不満だったためか、作曲者は筋書き上では連続することになる「続編」を準備し、そのテーマと相容れないような「音楽処理上のテクニカルな要素」を押し進めた「交響曲」を、もう一つ書くことになる。
それが、「全てがスバラシイ訳ではない」凸凹だらけの彼の「交響曲」群の中でも、衆目の一致する所「最大の駄作」である「12番」となるのである。(以降、次回。)

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2007年11月03日

音楽の「言語性」とは?(133)

何の予備知識も無しにショスタコービチの「交響曲第11番」の第3楽章を聴いて、その「作曲年代」を「ぴたりと当てられる」人は、まずおるまい。
シェーンベルクが死んで5年以上が経ち、ピエール・ブーレーズが「ル・マルトー・サン・メートル(Le marteau sans maître)」で脚光を浴びた「以後」に、このような「チャイコフスキーまがいのような音楽」が、世に知られた「高名な作曲家」の手によって書かれるとは、「悪い冗談」というのでなければ、「映画音楽」か、同類の何かという「言い訳」が無ければ、かつての「西側」では、到底許してもらえぬ所だろうが(それは「状況」が変わった現在とて、そうは変わるまい。)、「旧ソ連」では、それが罷り通り、それどころか「レーニン賞」なる「お墨付き」まで付いて「国家保証」されるというのだから、全く恐れ入る。
それでなくとも「調性感」の強いこの「交響曲」の中でも、とりわけこれは「それを壊さないように」書かれており、それは「葬送行進曲」であるこの音楽を裏打ちしてもいるのだが、予想以上に「古いスタイル」と感じられるそれは、前楽章の「やり過ぎ」の反動でもある。
前述通り、この「交響曲」では前半と後半とで「位相」が違っており、「筋書き上」では一貫しているように見えるものの、前半の音楽が余りにも「映像的」であるのに対して、後半部は「描くべき光景」を持たないため「心理描写」にならざるを得ない訳なのだが、これは「傍観的」な前半と、「主観的」な後半、という図式、そして「共感を強いる」という例の「悪癖」を強調する事になる上、「対象が対象」だけに「その度合い」は極めて強くなっている。
しかし、前半と後半を繋ぐ「伏線」は外的な筋書き以外には「きっぱりと欠けて」おり、ただ「革命歌の使用」と一部の素材の「使い回し」だけが「共通要素」とされているのみである。
しかし、その「用法」は第3楽章においては幾分異なっていて、動機的に「分解」されたり、といった今までの扱いと違い、「追悼」のお題目のもとに「有無をも言わせぬもの」として「革命歌」をそのまま用いる、という「体制のお抱え作曲家」と呼ばれるにふさわしい扱いがされる。
その「何の加工も行われぬ直接性」は、まるでこれが「変奏主題」であるかのように思わせるのだが、驚くべき事に、何も起こらず音楽はそのまま続き、さすがにショスタコービチらしい「ひねり」も現れるとは言え、まるでチャイコフスキーか何かの「引用」のように響き続ける。
世に名高いベートーヴェンやヴァーグナー、ブルックナーやマーラーの「葬送音楽」に見られるような、胸を打つ「慰めるような長調」は、ここには無く、短調に支配された音調が、幾分マーラー風でもある中間部に至ってより強くなる。クライマックスでは、前楽章でも散々耳についた自作に基づく「お気に入りの」短二度と同音反復による音形が、またもや思い入れたっぷりに奏されるが、結びと主題の再現が兼ねられた主部の反復は、三部形式の「山」を中途で切らせたまま、何故か「ボリス・ゴドゥノフ」を想起させて、特に昇華さることもない無いまま、フィナーレの第4楽章へと移る。
この「あまりオリジナリティの感じられない」、「引用を羅列したような」出来の良いとは言えぬ「葬送音楽」は、無論「革命歌」という「練られていない」素材、民謡のような「世代のフィルター」や作曲家自前の「美学的フィルター」を通さない素材をそのまま用いたことに、その「出来具合」の原因を求められようが、それにしても、これを「発表する気になる」度胸にも驚かされる。
それとも、これが何かの「擬装」だとでも言うのであろうか。私には、どうしても「そのような要素」は発見出来ず、到底「ある」とも思えないのだが。(以降、次回。)

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2007年10月27日

音楽の「言語性」とは?(132)

ショスタコービチが、その「交響曲第11番」において意図したものは、確かに「過去の革命への過程における犠牲者達への追悼」であったのかも知れないが、この作品の「中心楽章」として作られた第2楽章の出来映えを見る限り、その「重いテーマ」、「課題」に対して、彼が「どれだけ真剣に向き合ったか」については、どうにも「疑問」を感じざるを得ない。
毎度お馴染みの「ボタンの掛け違い」の中でも、これは彼の全作品を通じても「最も強烈な一発」であって、作品は「暗いトーン」であるものの「自分は躁状態」の作曲者は、「第7」の時以上に「万能感の虜」であって、「大量虐殺」を「音画的」に描こう、という突拍子も無い考えにとらわれ、これに真正面から取り組んでしまう、という、「断頭台の場面」をパロディックな形でしか描かなかった、ベルリオーズやR.シュトラウスですら「やろうとしなかったこと」を、こともあろうに「交響曲の中心」に置いてしまったのである。
それは確かに「力作」なのだろうが、まるでレスピーギの「ローマの祭」のような音響で描かれるそれは(この楽章がレスピーギの「チルチェンセス=Circenses」、暴君ネロがキリスト教徒を猛獣に喰わせた、という「見せ物」を描いたという音楽と「どれほど隔たっていないか」を知ると、また、それぞれの作品の「スタンスの違い」について考えると、全く驚かされる。これは「酷似」とも呼ぶべきものである。)「民衆の嘆き、叫び」を描く筈の「革命歌」が、ここでは主要な二つともが「自作の合唱曲の旋律」であることも相まって(「十の詩曲」の中の「1月9日」という、同じ題材に基づくものではあるが)、作曲者の「暴走」の感を強くさせる。
彼は「神のごとく」、「その情景」を描こうとするのだが、このような「本来的には深刻であるもの」を「写実的に音楽化する」のは「一種の定型」でもあって、一連の「戦争描写作品」、ベートーヴェンの「ウェリントンの勝利」とかチャイコフスキーの「大序曲1812年」とかの有名作もあるが、いずれも「ドンパチ系」の「御目出度い機会音楽」であり、音楽オモチャである「自動演奏器」用に書かれた前者や(別名「戦争交響曲」の題が示す通り、ベートーヴェンが「遊び半分」なのは明らかである。)、作曲者が依頼を断りきれず書き「後で恥じ入る」はめになった後者とは、「自ずから事情が異なる」のは明らかで(ショスタコービチにも幾分か「そのような意図」があったかも知れぬが。)、そもそも、「このような時点(完成は1957年)」で「このようなもの」が書かれている、という事自体が充分以上に「イカれて」いる。(困ったことには、彼は先人達の「機会音楽の事例」を充分に承知しているらしく、あまつさえ、「軽い」と評判のレスピーギの代表作の音楽絵巻における「効果的なオーケストレ−ション」も忘れられないようですらある。)
かくて、題材の「差」もあってか、大戦後、日本を手始めに各国の作曲家がこぞって書きたがった「原爆音楽」における、破滅的、絶望的な音楽とは決定的に異なる「音画」が描かれ(「原爆」をテーマにした音楽は、その「あまりに想像を絶する」悲惨さのためか、このような「描写」を「全く許さない」面があり、「エノラ・ゲイから原爆が落とされる光景」や「キノコ雲の様子」を「音画化すること」が「可能以前の問題」として、そもそも「全く非難に値する」ことは、「このようなテーマ」に引っ掛かる作曲家にとっては、無論「自明の理」であった。)、「功成り名を遂げた」作曲家が残した作品としては、まさに「愚の骨頂」としか言いようのない結果をもたらした。
これは彼が「R.シュトラウス」だったとしても「失敗して当然」の試みであり(もっとも、根っからの「エンタテイナー」であるR.シュトラウスが、このような「喰えないアイディア」に「うつつを抜かす」とは考えられないが。)、三連符系の「民衆」と二連符の「皇帝側」で書き分けられる「人々の様子」や、大音響の「当該シーン」、「虐殺の後の静寂」が、ご丁寧にも短調化された(しかしあまり効果的ではない)曲頭の「宮殿前広場」の音楽で戻って来る楽章の終結まで、文字通り「映画に合わせて作られた音楽」であるプロコフィエフの「アレクサンドル・ネフスキー」(フィルムのコマ割りにぴったり合わせて作曲されている)さながらに響く「交響曲」は、「もはや修復の効かない」裂け目を作ったあげく、後続楽章に「責任」を押し付ける。
そして奏でられる次の「葬送曲」は、我々には「ロシア民謡」にしか聴こえない「革命歌」を「まるまる引用」して始まり、それが「当然の流れ」とは言え、またも「唖然とさせてくれる」のである。(以降、次回。)

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2007年10月20日

音楽の「言語性」とは?(131)

ショスタコービチ「交響曲第11番」の第1楽章は、その時間的な長さだけで言えば「それなりの冒頭楽章」のようにも思えるが、実際の所は、全曲の、少なくとも「外的なクライマックス」である第2楽章の「長い序奏」の役割しか果たしていない。
これは、第1、第2楽章が素材的にも共通性、連続性を持ち、内容的にも関連させられているマーラーの「第5」の場合とは違い、要するに「無防備な民衆への大量虐殺」の前の「現場の不穏な静けさ」を延々と「描写」し、「前景」を準備しているに過ぎず、当然ながら、あまり「交響曲」と呼ぶにふさわしい内容を備えているとも思われない。
「宮殿前広場」の題のもとに始められる音楽は、その寒々とした空間を描写する為に、空虚五度の和音が延ばされる中を、動きの乏しい、弦のユニゾンの弱奏による薄気味悪い旋律を何度も繰り返すのだが、その殺伐とした映像的な響きは、早くもこれが「交響曲らしい」「抽象性」とか「精神性」とかいったものとは隔たっているらしいことを思い知らせる。
「全体としてはR.シュトラウス風」でありながら、ここでも「マーラーの影」は明らかで、冒頭の響きは「第1」の序奏とか「第2」のフィナーレを思い出させるし、続いて現れる三連符のティンパニの動機やトランペットの信号風な動機も「第2」を想起させ、特に後者はフィナーレの激しい序奏の直後に現れる「ホルンの動機」に、外形的にも意味的にもかなり接近している。
ショスタコービチの方は勿論「より具体的に」事象を指し示している訳だが、この「トランペット動機」中に現れる、「短二度音程の反復」は(「ファーミ、ファーミ」と聴こえる)異様であって、本来、このような陰鬱な音程は「信号ラッパ」には「含まれない筈」のものなのだが、いかにも「ショスタコービチ的」に聴こえる。
しかし、これもマーラーの「第2」のフィナーレに現れる、後に独唱で「O glaube」と歌われる動機と、その反復どころか「ges-f」という音高自体も全く一致しており、これで複数以上の類似が見られることのなるのだが、この「第11」の「趣旨」からしても、ショスタコービチが、マーラーがその「第2」に与えた「復活」という題に何らかの「影響を受けた」ということは「いかにもありそうな話」であるが、これらが「引用」なのかどうかは、はっきりしていない。
但し、音楽の進行そのものは、「第2」のフィナーレよりも「第1」の冒頭楽章、マーラーが「自然の音」と呼んだ、「四度のカッコウ」や「狩りのホルン」が現れる名高い序奏部に「より近く」、その「感じ」はショスタコービチが「革命歌」の旋律をフルートで「引用」するに至って強くなる。(これがまたマーラーの序奏における「アルペンホルンの旋律」を思い出させる。)
この楽章は、このマーラーの事例を一つの楽章にまで拡大させたような感じすらあるが、その「拡大」は、これらの材料の反復とオーケストレーションの変化、別の「革命歌」の引用などによる「不穏な雰囲気」の増大によって為されているが、「革命歌」に関わる部分では幾分「展開風の扱い」があり、作曲者の「思い入れ」と共に、「交響曲」としての「展開部」の役割を負わせ、これを挿んで「ソナタ形式風」の外観を得ようとしているとも思われる。
この「措置」は第1楽章を「交響曲」として、いかにも「正統化」しているように見えるが、これがまたも「計算違い」であることは明白で、半ば「ソナタ的発想」を導入したがために、実際の音楽の密度に乏しい書法や描写的な性格、何より、この「形式」の導入のために、楽章の「終結部」、即ち、第2楽章への「移行部」が、「再現部」から出発することになり、冒頭の雰囲気が回帰することになる為、「事件」への「不可避的な」一方向性が失われる事になるのだが、これは、当該「場面」を音楽で「描写」しようとする、という意図とも矛盾している。
もっとも、少々の「傷」は、次の第2楽章における二重の意味での「暴虐」によって吹き飛ばされてしまうのではあるが。(以降、次回。)





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2007年10月13日

音楽の「言語性」とは?(130)

ショスタコービチの「交響曲第11番」は、ともかくも彼の交響曲中では「充実した成果」の一つではあった「第10番」の「後を受けるもの」としては、どうも「期待外れ」のようである。
それも「第9」の時のような、考えあぐねた末の「脱線」というよりは、明らかな「変節」と思えるような「態度の変化」が感じられ、これは次の「第12番」でも続く。
即ち、彼は「第4」(この時点では発表されていなかったが)以来、とにかくも維持されてはいた「交響曲」としての「それらしい体裁、内容」(但し「第7」は相当怪しいものだが)を半ば「放棄」して、「音画」めいた作業に没頭する、という、これまでの「マーラー」から「R.シュトラウス」に「宗旨替えした」ような、在る意味では「行き着く所」であった「第10」以後の「方策」としては解らないでもないような創作態度を示したのである。
「交響曲らしく」四つの楽章を持つとは言え、実際には、長大な「四部から成る交響詩」といった出来映えであり、それも、R.シュトラウスの、好悪はともかくも「巧緻」と「洗練」だけは認めねばならぬ「成果」を素通りして、「それ以前」の、リストから始まる「試行錯誤」の時代に逆戻りしたような「強引さ」「不器用さ」の感じられる「どちらかと言えば失敗の部類の交響詩」のコピーのような音楽は、延々と一時間あまりも続く。(演奏によっては「70分超」というものもある)
その上、作品の趣旨から「当然」であるかのように「短調の響き」が「ほぼ全域」を支配しており、「陰々滅々とした音楽」が最終ページまでの長丁場を埋め尽くしている。
ある意味では「第7」の後続作品である「第11」は、その「第7」よりもさらに「交響曲らしく無い」が、いずれにせよ「第2」「第3」を「そう名付けて」平気だった作曲家には大した問題では無いらしい。
次の「第12」と合わせて、その「第2」「第3」との対応関係にあるのも興味深いが、それぞれ質的にも近い「姉妹作」のように並べられ、いずれもが「政治的な」もしくは「歴史的な」事象を対象としている。即ち「第2」「第3」では、それぞれ「十月革命」「メーデー」、「第11」「第12」では「1905年」「1917年」と明確に「定義」が為され、しかも「第2」と「第12」は題材としては「同様のもの」ということにもなるらしい。
これらの「セット」は、特に後者のものでは「ロシア革命」の「発端」と「成就」という「対」を為しており「第12」の最後に至って「人類の夜明け」という、正気の沙汰とも思えぬようなタイトルのもとに目出度くも大団円を迎える、という算段となっているらしい。(しかし、R.シュトラウスどころか、スメタナが「我が祖国」で、強引にも感動的にやってのけたような「素材の共有」とか「循環」といった手法は全く考慮されておらず、音楽的には連続せず、完全に「不揃い」である。)
「第9」のショスタコービチとは別人のような「体制賛美」とも思えるここでの振る舞い、「この期に及んで何故こんなものが書かれたのか」という「疑問」は、例によって作曲者の「思わせぶりな発言」、ここでは「第11」の対象とする「時代」への「ノスタルジックな思い入れ」が語られたことで「正統化」されようとしたのだが、それを露骨に示す、当時のいわゆる「革命歌」、それらの「模作発展」とも言える、同一の題材による彼自身の「十の詩曲」の一部を「引用」どころか「主要主題」として利用する、という行為は、音楽そのものを変質させることになった。
このため、「第11」は発表当時から、彼を「社会主義リアリズムの権化」と見なす向きには、どう見ても「一級品」とは呼べない出来映え共々「格好の餌食」となったし、「前衛」が作曲の指標では無くなり、「ソ連」が消え果てて久しくなった現在では「生々しさ」も消え、かつての「西側」でも、その「解り易さ」のためか、これを「アルプス交響曲」のように聴きたがる人々に喜ばれることになったようである。(私としては、こんなものを聴かされる位なら、R.シュトラウスの「モラル的にはあんまり感心しない」交響詩の方が数倍以上も楽しめるが。)
その「解り易さ」には、素材のみならず「筋立て」の上でも「言い訳」がされており、「宮殿前広場の大虐殺」を柱として、「その事象」の描写、「犠牲者への追悼」、さらに「来るべきものへの展望」という具合に組み立て、「革命歌」も「描写に適した素材」として用いられる。
前述の「短調の響き」、無調的でもない文字通りの「短調」は、この「革命歌」等の利用に起因しており、それらの旋律が筋書きに沿って執拗に繰り返され、拡大され、分解され、組み合わされる経過によって全体の規模が膨れ上がっているのである。
この傾向は前半二楽章に顕著で、その「かなり具体的な描写」は、殆ど「映画音楽」のような感じすら与えるが、後半二楽章では「描写すべきもの」は「事象」というよりは「心理的なもの」に移り、このため「第7」の冒頭楽章と残りの楽章の関係にも似た「段差」が生じることになる。
その「段差」は、しかし、ここではもっと「深刻」で、こともあろうに「虐殺の光景」を相当リアルに「描写」しようとしたため、しかも事実上それが曲全体の「クライマックス」となってしまっているため、後半部の「描写の現場」から「内的な状況」へ位相を変えなければならない「役割」が「充分に機能」せず、結局は「鐘」という「象徴的音色」を用いる、という強引な手段に頼る他無くなった挙げ句、曲の「暗澹たる気分」も、そのまま残され、「交響曲」は「単に終止線が引かれただけ」のような「To be continued」の終結となる。
まあ、それはそれで「あり」なのだが、だから次の「第12」に期待すると、この「続編」は、期待と逆に「元居た場所から隔たった所」で曲を始めてしまうのである。(以降、次回。)



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2007年10月06日

音楽の「言語性」とは?(129)

ショスタコービチ「交響曲第10番」のフィナーレとなる第4楽章は、発表当初から、第2楽章と共に「どうも問題のあるもの」とされてきた。
これが、この交響曲の錯綜した内容に対して、完全な「解決感」を与えるようなもので無く、内容、長さ共に「不充分」であること、それに加えて、かなりの部分を占める「暗い序奏」(その再現も含む)に対して、主部アレグロが「軽く」「短い」こと、このため前者の「余韻」が相当に強いものとなり、これが「不足感」のもととなっていることについては、妥当にも指摘されてきた。(この「主部」の「長さ」の問題は、少なくとも楽譜上の「見掛け」では存在しておらず、ページ数では序奏に対して「全く充分」の分量なのであるが、速いテンポ設定のために「演奏してみると違っていた」という、「かなり基本的な問題」である可能性があり、これはヴェテラン作曲家が犯す「間違い」としては極めて考えにくいのだが、「書いた音符の分量」のために勘違いが起きることは、彼のような図抜けた「速筆」ならばあり得る「事故」なのかも知れぬ。この「アンバランス」が「意図的」でないことは彼の発言からも明らかで、動機操作などに気を配ったせいもあるかも知れぬ。)
作曲者もこれを認めたものの、何ら「改善」が図られなかったのも述べた通りだが、これは彼の「交響曲のフィナーレ」としては悪い出来ではなく、確かに「シリアス」でもあるが、その際、彼が見せがちな「本気」だか「芝居」だか良く解らない「深刻ぶり」や、その正反対の「おちゃらけフィナーレ」とも異なり、内容的にも空虚さは無く、全体のバランスこそ悪いものの、各部分自体は比較的簡潔に無駄無くまとめられており、いつもの「過度な通俗音楽の混入」も避けられ、派手な「外面的効果」に頼る面も少ない、という「美点」もあり、彼の「純音楽スタイル」による交響曲の系列の最後を飾るものとして「ふさわしい出来映え」と言える面も確かに備えている。
序奏は、前作「第9」なら間違い無く「楽章」として「番号打ち」される所だが、これまで「緩やかなテンポ」を主体としてきたこの交響曲に、実際には欠けている「緩徐楽章」、とりわけ「旋律」の要素を補う部分としても機能しており、これが「内容的な要求」に加えて、この序奏を長くさせる要因となっている。
しかしこれは「独立したもの」では無く、主部との繋がりは充分に確保され、モティーフ連関以外にも、アレグロ部でも序奏の素材が直接的に利用され、序奏自体も「回想的な再現」果たす事でショスタコービチとしては珍しい「練られた構想」の痕跡を示している。
最初に低弦で出る旋律が、この楽章の基調を為すモティーフとなるが、無論、第1楽章冒頭の「基本動機」とも関連している。但し、「基本動機」の短三度音程中心の進行は余り見られず、代わりに四度下降、もしくは五度上昇(全楽章の「大地の歌」動機が契機と思われる。)、半音の「ずれ」を伴う一時的な転調が目立つ。これを引き継ぐ際のオーボエや反復の際のファゴットの長いソロは、例の「モノローグ」、特に前作「第9」のファゴット・ソロを思い出させるが、ここではレチタティーヴォ的な「感情移入」は避けられている。
この序奏では、前述の「緩徐楽章」としての機能の他に、彼が度々試みつつも失敗を重ねて来たベートーヴェン的な「主題生成部」、つまりは「アレグロ部」の「生成」を行おうとしており、且つ、木管の重ね方や第1楽章冒頭と同様の弦の和音の延ばし方でも解るように、「位相」を冒頭楽章のそれに戻し、さらにそこから「再出発」するために、時間的、空間的な「異化」を行おうとしていると思われる。(もっとも、これが「必要になった」のは、第3楽章における「やり過ぎ」が主な原因と考えられるのであるが。ここで彼がマーラー的な手法、例えば「第6」のフィナーレにおけるような「主部への移行」を念頭に置いているのは間違い無かろう。)
序奏には冒頭のモティーフの他にも、何度も繰り返される、鳥の声を思わせるような、しかし半音階を含むアーチ状の動機(gis-h-c-h-ais-a-gis)があり、これが音高は違うものの「d-s-c-h」を「もじった」ものであるのは「大地の歌」動機が序奏主題に含まれることからも明らかである。
アレグロへの移行は付点リズムを含む五度上行と「鳥の声」から派生した動機を繰り返す事で極めてスムーズに為され、これが主部の第一主題へと発展するのである。
とは言え、この序奏と主部の結びつき方は、通常の「序奏付きソナタ」の定型的バランスからは相当ずれており、これを補正する為にはアレグロ部を延長する他はないが、設定テンポと、そもそもの主題が「展開に適さない」ものであるため、「あまり長くは持ちこたえられない」のも確かである。
主部の音楽は彼の音楽としては異例に「軽やかな」感じが強く、「第6」のフィナーレのような角張った、歪んだ通俗性の無い「毒の少なさ」は、チャイコフスキーを思わせるような(「第4」「第6」「くるみ割り人形」といったもの」)点もあり、何となく「トイ・ミュージック」的でもある。
(但し、この旋律の進行を「脱線」させる、主題冒頭から取り出した五度上行動機の「調子外れの合いの手」は、おそらくマーラーの「第5」のフィナーレに由来していると思われる。)
第一主題はチャイコフスキーを介して「ロシア的」なものを示唆するが、第二主題は民族舞曲の「引用」のような音調によってそれを強めている。(しかし、これは「パロディー的」ではない。)
これによって短調に傾いたため、これを利用して「d-s-c-h」動機が不穏な感じで「侵入」し、次いで、序奏主題や「鳥の声」、第一主題の要素が組み合わされ「混乱」の相を呈するが、このクライマックスとして。第2楽章の引用と思しき短三度動機のシークエンスに「d-s-c-h」動機が直接続く、という「注目すべき部分」が現れ、これを契機に序奏部の「回想」が導入される。
これは文字通りの「再現」ではなく「展開部」をも兼ねており、序奏主題を基調に、コラージュのようにアレグロ部や「鳥の声」「d-s-c-h」動機が現れるが動機的展開は行われず、これらを断片的に「フラッシュッバック」させることで簡潔に手際良く行われる(これもまたマーラーの「第1」フィナーレの「回想部分」を想起させる。)
主部への復帰は小太鼓やシンバル打ちのリズムに乗って(しかし「軍隊的」ではなく、「トイ・ミュージック」的に感じられる。)、道化たファゴットが第一主題を二倍の音価で奏する「意表を付いた方法」で為されるが、「回想」の余韻を引きずるようなこの方法は、前作「第9」のファゴットの用法の応用でもあるが、心理的にも「極めて妥当なやり方」であろう。
ファゴットが主題最後の二小節をオスティナートとして繰り返し始めると、今度はクラリネットが元の音価で主題を引き継ぎ、いよいよ提示部では頓挫した「アレグロ」が最終局面となる。
提示部の「脱線」は、ここでは連続するフレーズとして「肯定的なもの」となり、音楽の流れを助ける。第一主題、第二主題の要素が交互に利用され、結局、第二主題が主導権を握るように思えた瞬間、不意に「d-s-c-h」動機が様々な長さで執拗に繰り返されて強引にコーダを呼び込む。
最後にはティンパニがこれを連打して「鳥の声」由来の音形を上声が繰り返し、「大団円」となるが、交響曲冒頭から「影を潜めていた」とはいえ、途中から「d-s-c-h」が自己主張を始め、しまいには「主役」そのものとなるような運びは、「交響曲」としては(いかな「モティーフ上の操作」があるとは言え)いささか強引に過ぎる感が無くもない。(それに、「d-s-c-h」は、フィナーレの「ホ長調」として解釈するには、かなり「曲解」が必要でもある。)
「解決感」の欠如がこれにも由来することは確かで、第1楽章と第2楽章、さらに第3楽章、第4楽章と、それぞれの「継ぎ目」で歪みが生じており、「全てを統合すべき」フィナーレも、結局は「軋轢に耐えられず」、何か「問題をはぐらかした印象」は拭えない。
こうして、またしても彼は「完璧な交響曲」を作る事に失敗したのだが、にも関わらず「第10」が「質の高さ」を持っていることも確かで、そのためか、彼は「それでも満足した」のであろう。
そして、「第10」は、実質的には、彼の「本筋での」「最後の交響曲」となり、そして「到達点」となったのである。(「d-s-c-h」は「そのような理解」も可能にするものであろう。)
この後、彼は呆れ返るような「変節」を見せ、二曲の「体制のウケ狙い」としか思えないような「標題音楽」を、こともあろうに「交響曲」と呼びたがる「ご乱心」を見せたあげく、挙げ句の果てに「第12」の時には、まさに「終わった作曲家」と見なされるはめに陥る事になる。(以降、次回。)
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2007年09月29日

音楽の「言語性」とは?(128)

ショスタコービチ「交響曲第10番」第3楽章は、晩年の彼が、そこかしこに頻繁に用いることになる彼自身のイニシャルに基づくモノグラム「d-s-c-h」が「交響曲」という晴れ舞台に初めて、かつ最も「大々的に」、「露骨に」用いられている例として知られている。
この音形が半音進行を二つ組み合わせた「彼好みの響き」を持っていることや、「並べ替え」で音階的にも使えるなど、色々と「利便性の高い」ものであることは確かだが、彼がこれを用いる時は、あくまで「絶対音高」は守られ、「その意味」について過剰なまでに確保されるのが常で、「隠された形」で現れる時は、彼がそれについて「意識」しておらず、むしろ、あまりにも頻繁に用いるため「放っておいても出て来てしまう」状態であることによることが多い、とも考えられる。(しかし、この「第10」では「意識されて」おり、曲頭の「基本動機」にも、音高、順列は違うが、確かに含まれている。それにしても「計画的」である割には、第3楽章での「d-s-c-h」の利用の仕方は「かなり異常」であり、露骨に強調され過ぎている。)
このような「操作」では、大バッハやシューマンの例が有名であるが、この類の事に「本気になる」作曲家は稀で、むしろ「遊び」の領域であることが普通であり(シューマンにおいてもそうである)、バッハ(「b-a-c-h」)のように、その時代性や、姓の綴りの全ての文字が美しく音名化出来る(「d-s-c-h」は名前をドイツ語読みした上で「音名化出来るもの」を都合良く拾ったに過ぎない。省略されているのは、少なくとも「a」と「cーh」の繰り返しが見いだされ、彼はおそらく意図的にこれを「b-a-c-h」に似せているのだと思われる。)、という「特殊事情」が無いにも関わらず、「シリアスな作品」の中に、ショスタコービチのように頻繁に「このようなもの」を持ち込もうとした例はちょっと他には見いだし得ない。
この「d-s-c-h」素材の乱用によって、各作品は当然に「音調が接近して来る」訳で、普通、作曲家が余り「このようなこと」を繰り返さないのは、これを避ける為にも当然なのだが、ショスタコービチの例は完全に常軌を逸しており、殆ど「強迫観念」に基づくものとすら感じさせる。
この「d-s-c-h」動機は、素直に取れば「ハ短調」とするのが「最も自然」で、この第3楽章では、後の「弦楽四重奏曲第8番」と同様、その「ハ短調」として解釈しているが、この調の選択は交響曲の主調「ホ短調=ホ長調」からすると=前楽章の「変ロ短調」の続きとしても=異例であり(もっとも、ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第3番」のように、ハ短調の曲にホ長調の中間楽章を置く例もある。)、いささか「本末転倒」を生じているが、この措置は、交響曲の「本来の筋」をも歪めている。
開始からいきなり出る第一主題では「c-d-es-h」という形で、交響曲の開始を音高と表情を変えて「なぞった形」で用いられるが、続いてワルツとして現れる第二主題では「d-s-c-h」そのままとして、彼の「癖」である同音反復で入って来る。いずれにせよ「旋律の出来」としては褒められたようなものではなく、かえってそれが「意味ありげな感じ」を誘うのであるが、第2楽章のイカレた「暴走」の後での、音の薄く、曖昧なテンポの中での「はっきりしない感じ」は、トリオ部でのマーラーの「大地の歌」の開始のホルンの咆哮をそのままコピーしたような「e-a-e-d-a」という、単声で信号のように繰り返される動機が現れるに及んで、さらに増幅される。
この動機そのものは明確で、且つフォルテで提示されるにも関わらず、その余りにも「造作の無い」「脈略の無い」唐突さによって聴き手に「意味」を考えさせずには置かない。(そして、これが彼の「愛人」だったかも知れぬ「教え子」のイニシャルのモノグラムと知って、呆れ返ることになる。似たような事を、アルバン・ベルクが、その「叙情組曲」で、「複雑に」「露骨でなく」、しかも音楽的、内容的にも「何も失わない」形で行って見せたが、ショスタコービチが「これを知らぬはず」は無かろう。)
意図的にせよ、「交響曲」の中で、このような「スカスカな音楽」に出くわそうとは夢にも思わぬ聴き手も多かろう。(これを「意味深い」とする優しい聴き手も存在するらしい。)
この楽章を「理解する」ためには、このような、本来的でない「予備知識を役立てる」ほか無いのであって、それは第2楽章のどうだか解らない「スターリン」よりも「はるかに重要」なのだが、果たして「そのようなもの」が「交響曲の一部」として書かれていいものか、疑問が残る。
第1楽章では、彼の「正規な路線」に基づいて「比較的公汎なヴィジョン」が示されたにも関わらず、この10分にも引き延ばされた「イニシャルが併置された音楽」は、ともかくも「集中度」によって「特別なもの」として交響曲を「続ける」ことには成功した第2楽章を経て、その気難しげなポーズもろとも、すっかり位相を「個人的なレヴェル」に「引き下げて」しまい、そのため交響曲全体のバランスを狂わせてしまう。
このためにフィナーレは「問題」ともされる「長過ぎる」「暗い序奏」を必要とし、この交響曲で初めて現れる「まともなアレグロ」の登場を遅らせることになる。
この楽章にもマーラーの「第9」の第2楽章の影響を受けた部分が感じられるが、「お手本」ほどには「大交響曲」の面目を保ちきれないようである。マーラーの夢想的なレントラーは、自意識過剰の空疎なワルツにとって代わり、「大地の歌」への「オマージュ」と思しきものも、実際には全く関係のない作曲者の「思い入れ」と結びつけられている。
おそらく、彼はその「イニシャル」が「大地の歌」を思わせるものだったので「引用のように扱った」だけなのである。(以降、次回。)



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2007年09月22日

音楽の「言語性」とは?(127)

ショスタコービチの「交響曲第10番」の第2楽章が、他の三つの楽章に比して「違和感」を感じさせること、とりわけ、長大且つ内的な冒頭楽章に直接続くにも関わらず、その「強過ぎるコントラスト」に対して何の「緩和措置」も取られず、出し抜けに始められる、バレエ音楽か劇音楽の一部のような性格と「ショウ・ピース的」な派手な演奏効果を持つその「荒れ狂う音楽」は、いつもは「無駄な長さ」に傾きがちなこの作曲家が、こともあろうに「別に必要でもない」この個所で発揮した「短さ」(もっとも所用時間の短さはテンポ設定の速さに起因しており、「短さ」自体も相対的なもので、前作「第9」ならば「普通」であって、4分程度の音楽の「実質」も、せいぜい2分程度でまとめることが可能な「情報量」である。かといって「気の利いたエピソード」が挟まれている訳でも無く、これは主として楽章後半部が異常に引き延ばされている結果であり、例によって「無駄」を探す事は極めて容易である。)と共に、その交響曲全体との「バランスの悪さ」「据わりの悪さ」については、発表当初から非難が加えられてきた。
前述通り、作曲家も認めたこの「欠点」を是正する措置は何ら講じられず、作品はそのまま残されたが、「改訂」はともかく、彼が「別の音楽」を書かなかった理由は明らかで、この「いかにも他から持って来たような音楽」(もしかすると「第10」構想前に彼が計画していた「オペラ」の素材などを利用した可能性もあるが)は、しかしあくまで「交響曲」の一部としての「バランス」と「モティーフ操作」を考慮したもので、(ホ短調、四分の三拍子のゆるやかな第1楽章に対する「ロ短調でない」変ロ短調、四分の二拍子の急速な楽章、次にハ短調のミディアム・テンポの四分の三拍子によるスケルツォ、というのは「どうも一貫性が無い」にせよ)楽章の開始から繰り返される低音部の短三度進行と上声のディアトニックな「民謡風な旋律」という構造が、前楽章のそれを「なぞったもの」であることは明白でもあり、このような点では「続きとして」申し分無い、とも思える。
果たして「計算違い」は、その「キャラクター付け」にあり、善かれ悪しかれ話題に登らぬ訳にはいかぬ、例の「ショスタコービチの証言」での、この楽章が「スターリンの肖像」である、という「作曲者の言葉」を納得させてしまいかねないような、「カリカチュア」を思わせるような、一筆書きの「荒っぽさ」や、歯止めの利かぬ前進性、要するに何か「具体的な説明」が無くては解釈が難しいような極端に過ぎる「ぶれ方」によって、「何か別のものをここに嵌め込んだような印象」が交響曲全体の解釈を難しくしているのである。(このもっともらしい「スターリンの肖像」云々については、この曲の成立事情からしても「ありそうなこと」にも思えるが、仮に「それが本当」だとしても、むしろ、この作曲家が後日になって「意味深な発言」を残す事で、「作品の不備」を「実際に手を加える事無く補正」し、「正統化」し、当初から存在した訳でもない「付加価値」を与えようとした、いけ好かない「悪癖」の一例、として「聞き流すのが正解」であろう。)
この「行き過ぎ」の印象は別の理由からも発生している可能性があり、「もっと単純な問題」、即ち、この音楽が具体的に「他の作曲家の作品」をイメージさせる点が少なく無い点、例えばベートーヴェンの「弦楽四重奏曲第13番」の第2楽章に置かれた同じ変ロ短調のごく短いプレストの音楽との類似性や、ストラヴィンスキーの「春の祭典」(第二曲)との、「丸写し」のような類似(シンコペートされたリズムとアクセント付け、「民謡風な旋律」など)、バルトークの「管弦楽のための協奏曲」のフィナーレのエコーが「トラウマのごとく」現れる、という具合で(他にはプロコフィエフやチャイコフスキーも想起させられる)、「短い割には忙しい」こと甚だしい。
ことにストラヴィンスキーへの類似は、この楽章が指向したと思われる「暴力性」の描写と思われるものが、「春の祭典」の、いわゆる「原始主義」への連想と「安易にも結び付いた」と感じさせる点で、「このような立派な作品」としては、実に具合がよろしく無い。
特に開始部分の与える印象は決定的で、後の進行がいかに異なる、と言っても、「元ネタ」を知る者には「露骨な劣化コピー」として響くため、致命的である。
各作曲家の「派手な部分」を「てんこ盛り」にしたような音楽は(まさか「そういう意図」ではあるまい)、後半部で弦が駆け回り、金管が吠えまくる場面を延々と続けることで「ヴィルトゥオーゾ・オーケストラ」向きの「ショウ・ピースと化し(まさかカラヤンはこれが理由で「第10」を採り上げたのではあるまい。無論、これを「この上なく見事に」演奏してはいるが。)、逆に、グリンカの「ルスランとリュドミュラ」序曲とか、バーンスタインの「キャンディード」序曲のような派手で明るい「オーケストラ的快感」すれすれのものとなる。
まるで「図書館に暴れ馬が飛び込んで来た」ようなこの楽章は、終わった後の「緩和措置」も勿論取られぬまま、「極めて個人的な内容」のために「私物化」される交響曲の後半部に対しても「断層」を生じたまま、「放置」される。
中間楽章の構成がマーラーの「第9」の逆のような順番になっていることは既に述べたが、彼はマーラーの「ロンド・ブルレスケ」に「何か学ぶ」ことも出来たはずである。(以降、次回。)
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2007年09月15日

音楽の「言語性」とは?(126)

ショスタコービチ「交響曲第10番」の第1楽章は、彼の数ある交響曲の冒頭楽章として最も優れたものに属するが、構成や主題の性格等において、「第5」のそれ、その「作り直し」である「第8」のエコーが感じられるがものの、それらに比しても、規模、内容のバランスが最も妥当であり、彼にありがちな「不当に長い」印象も与えない。
「ソナタ楽章」といえども「緊密な造り」というより「興に乗って流れがち」なこともある彼のこの種の音楽の中でも、これは「ベートーヴェン的」に「微細な動機を利用して大規模な構造を組み上げようとした」一例であり、この点では「純音楽的傾向」も認められる。
とは言え、ベートーヴェン風な「構えの大きさ」は無く、むしろ極めて「内向的」なもので、このため、彼がしばしば陥りがちな「劇的効果」への依存、とりわけオーケストレーションによる「演奏効果」と音楽自体の「内的なテンションの高まり」を同義のものとしてとらえる悪癖からは遠ざかっている。(従前と似たような書法ではあるとしても。)
この「第10」については既に多くのことが語られ、「詳細な分析」というのも存在しているらしいので突っ込んだ所までは立ち入らないが、とにかく目立つのは冒頭の「モットー動機」とも呼ぶべき六つの音符(e-fis-g-dis-fis-a)が全楽章に渡って様々に利用されることで、これが、そもそも彼が好んでいる音程とか動きに基づいているとは言え、その徹底ぶりは注目すべきであろう。
この動機自体は「第8」の時のような強い性格は持っていないが、曖昧な感じでありながら、その三拍子の律動(テンポ感としては六拍子ないし十二拍子に近い)と共にオスティナート風の「下地」を作っており、これが楽章全体の基調を為していること、様々な要素が現れるように見えるものの、それらの素材も「モットー動機」から派生したものであること、例の「モノローグ」のような「感情的な処理」が避けられていることなどが、この楽章の「統一感」を強いものにしている。
開始はショスタコービチの全作品の中でも特に見事なもので、最初の数小節は、それこそ「ベートーヴェン風」に論理的でもある。(この冒頭については、チャイコフスキーの「第6」の開始と音の高さ、音形がまるで一致していること、休符を挿んで途切れ途切れに奏される形がリストの「ファウスト交響曲」に酷似していることが指摘されており、「何らかの関連性」の存在があるとされているが、それに賛同する。)どちらかというと「明快な開始」を好む傾向が強い彼としては珍しい書法であるが、これは「第5」「第8」の「劇的な開始」が静まった後の「オスティナートに乗って現われる静かな主題」の延長であり、「全く新しいもの」ではない。
但し、それらと違って「オスティナート」自体が「基本動機」であるため、これは持続力を得ており、繰り返しも含めて、これだけでかなりの時間を要する。後から現われる「クラリネットの主題」は、本来的な意味での「第一主題」ではなく(丁度、ベートーヴェンの「第3」フィナーレの「プロメテウスの主題」のように)「二重構造」の一部なのである。
その「主題全体」としては、音階もしくは分散和音を基調にしているが、不定形に基本動機を巡る低音部と、クラリネットの息の長い「民謡風」は旋律は「不可分」と言うよりは「緩い繋がり」を示しており(クラリネット主題自体、低音部の長い持続を模倣したものだが)、どちらが「主体」かも曖昧で、この「二重構造」のために「第5」や「第8」の、似た感じの主題のようには「感情移入」を誘うような性格のものでは無くなっている。
こうして生成される「客観性」は続く「小展開部」的な経過部でも同様で、動機的分解を連続させて高潮を作る事で持続される。
(「第10」における「二人称」的な語り口はこうして保証されるのであるが、これは以後全曲に渡って維持される。)
第二主題提示前に第一主題が回帰するのは彼が良くやるパターンで、このため形式的規模は増大するのだが、「第10」では冒頭から動機の反復を積み重ねるために、さらに「充分以上」を超えており、これを「提示部の反復」のように感じさせる上、感覚的には「展開部」の始まる位置に第二主題がおかれることになる。(いずれにせよ、冒頭の雰囲気や、第一主題の再現というものは「形式的な区切り」を感じさせるものだが、彼はこの点についてはあまり頓着していないようである。)
このため第二主題では雰囲気を変える必要があり、冒頭からの四分音符による三拍子の律動は消え、今度は八分音符の刻みを主体とする(但し休符を挿んで動機を反復する構造は同じである)、彼好みの同音反復を多量に混ぜ込んだものとなる。これも「モットー動機」にまつわるものであるものの、そのリズムと伴奏が示しているのは「ワルツ調」(それもピアノで弾くような)で、その吃るような奇妙な動きとぶつ切れの進行によって歪められている。
二つの主題は同一の素材を書き分ける形になっているが、音楽はエピソード的な要素を殆ど交えないまま進み、展開部でもこれらを交互に発展させることで対照が築かれ、彼の交響曲でも最も充実した「展開」を見せる。とは言え、これも「第5」「第8」の延長線上のもので、三拍子であるために例の「行進曲」こそ現われないものの(そもそも「第10」には「軍隊的な要素」が、その性質上からか用いられない。)、大まかな進行にはかなり「既視感」がある。
特に展開部の終わりをクライマックスとして再現部の開始と重ね合わせるやり方は同様で、これが「この路線」の「結論」的性格を有しているとは言え、やや「パレットの少なさ」を感じさせる。
但し、ポリフォニックな処理は充実しており、前述通り「モノローグ」による「感情的な補充」を不要にしている。
短縮化された第二主題の再現で「雰囲気を戻す」方法も同じだが、今回も静かに閉じられるコーダは、「第5」のソロ・ヴァイオリンやチェレスタ、「第8」の弦の和音とトランペット、という具合に「意外な音色」で「特化させる」方法が採られ、「第10」ではピッコロに委ねられる。
これはマーラー「大地の歌」の最終章に現れるフルートを彷彿とさせるが、ここでは「寂寥感」というよりは文字通りの「寒々とした空気」を伝える。(「引用」というのではないが、この類似は意識されたもののようにも思われる。)
それは「終止」というよりは「静止」、もしくは途切れるような結びで、冒頭の雰囲気を呼び覚ましながらも、明らかに「局面が推移した」こと、しかし何ら「解決」は訪れないことを仄めかす。
何がしかの「外的な力」に歪められるというより、「決定的な事」が「内的にしか起こりえない感じ」が、こうして確立され、ショスタコービチの「第10」は、その最も重要な一章を閉じる。
この気分は早くも第2楽章で破壊されるように見えるが、有名だが問題の多いその音楽は、おそらくは、この交響曲の「構想以前の音楽」を利用したようにも思えるほど、違和感を感じさせる。(以降、次回。) 
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2007年09月08日

音楽の「言語性」とは?(125)

「交響曲作家」にとっての大問題であった「第9」を=「作品の出来そのもの」はともかくとしても=「シンフォニエッタ風」に受け流したために、あちこちでひんしゅくを買ったショスタコービチであったが、この「行為」が、自分の「交響曲の書き納め」と思っていたかどうかは怪しいにせよ、やはり即座に「未知の領域」である「第10」に着手する訳ではなく、多作家の彼にして最大の八年という「空白」が、この間に横たわることになった。
さりとて、たびたび「第10」について考えを巡らすことはあったにせよ、ブラームスのようにその間ずっと「第10」のスケッチを「いじくり回していた」訳でも無いらしく、前作で「スターリン拒否」の態度を貫くあまり「おふざけ」とも見なされる態度をとった彼が、その独裁者スターリンの「死」をきっかけに、直前まで「オペラを書く」と公言していたにも関わらず、急遽「第10」の構想に及んだのが明らかであるらしいことが知られている。(これに関連して、例の「ショスタコービチの証言」には、この曲の第2楽章を「スターリンの肖像である」とした「怪しい記述」がある。)
それが何がしかの「記念碑的作品」という訳にもいかなかったのは当然としても、ともあれ、それは彼に「第9」での「不誠実」とも感じられるような態度とは打って変わって、本来その「第9」に期待されていたような「そうあるべき姿」、即ち「真にシリアスで」「モラリティの高い」交響曲を書こう、とする姿勢を呼び出す事になった。
しかし、それはベートーヴェンのように「広いヴィジョン」という方向にはならず、彼の交響曲で最も「内向的な性質」を持ち、さらに後半二楽章では極めて「個人色」が強い、という、「内容的な深まり」というよりは「謎のような」、そして後年お馴染みとなる「不機嫌な暗さ」と共に、彼の「晩年のスタイル」を最も公に示す端緒となり、発表当初から論争をまきおこした。
その「あまりの暗さ」は、「社会主義リアリズム」にとっては「第9」の件とは別の意味で「困ったもの」であり、この「高名な作曲家」を何とか弁護するため、「悲劇は肯定的」とか「実は楽観的」とかの、かなり「こじつけがましい意見」が出されもしたらしい。(これに関連して、重く暗い先行楽章の世界から「カードを裏返す役割」を担う筈のフィナーレが「あまり肯定的な印象を与えない」点もネタになったようである。)
彼の交響曲の冒頭楽章としては最も出来の良いものの一つである第1楽章は「第5」「第8」のそれと同じ線上のものであるが、これに短く急速なキャラクター・ピースのような第2楽章が続いて強いコントラストを作った後、比較的ゆっくりしたテンポによるワルツ風でもあるスケルツォとなり(この中間楽章の配置はマーラーの「第9」のそれを逆にしたようなものである)、全曲で最も遅いテンポによる長い序奏(この序奏にチャイコフスキーの「第6」やマーラーの「第9」の影響が感じられることは既に述べた)に始まるフィナーレに至る、という図式は、四楽章構成とは言え変則的だが、これに前述の「個人的な内容」が後半二楽章に入り込むため、またも「内容の変化」「不一致」が発生することになり、この著名な作品が当初の「論争」から未だに抜け出せない一因となっている。
この「バランス」の悪さは、第2楽章のあっけない短さや、「肯定的な印象」とも深く繋がる、フィナーレの「暗く長い序奏」に対する「主部」アレグロの長さが「充分でない」点に顕著で、これについては作曲者自身、例によって「こう書けてしまったのだ」という言い方で認めている。
しかし(「第7」の時の乱痴気騒ぎほどでは無いにせよ、この曲も発表当初から異常な注目を浴びており、作品の「一人歩き」が先走ってしまったという事情もあるが)、彼の交響曲で最も「理知的な傾向」を持つ、とも見えるこの曲にあっても、それらの「欠点」を是正するような試みはまたしても行われず、これらの「問題点」は、そのまま残された。(作曲家にとっては常に「新しく作る方が楽」だとしても、これは一種の怠慢のようにも思われる。「本当に必要だったかどうか」に関わらず、強迫的に改訂を繰り返したブルックナーとは本当に好対照である。)
ともあれ、そのような「不備」と長さ、重苦しい内容にも関わらず、この「第10」は「軽くて時間が短い」という逆の理由で良く演奏された「第9」と並んで、ショスタコービチの交響曲でも早くから「良く聴かれるもの」となり、最も有名な「第5」ほどでは無いにせよ、同じような造りにも見えるその「第5」以上に「彼の作風を良く伝えるもの」として残ることにはなった。(以前にも述べたが「第5」に見向きもしなかったカラヤンが「第10」だけを何故か二度も録音している。)
この曲は「第5」のように「大向こう受けするフィナーレ」を持つ訳でも無ければ「戦争三部作」のようなシリアスさと陳腐さが綯い交ぜになったような、奇妙に解り易い「俗っぽさ」も無いが、「抽象的な思考」と「間接話法」が、ただ内面世界を語るような独特の内容は、この後まで(異例にも!)改訂が続けられた「第4」と共に、おそらく彼の作品中でも最も「意義深く」、「オリジナルなもの」であり、その欠点も含めて、確かに彼の「代表作」の一つと言えよう。
「解決の印象が薄い」とは言え、それは「第5」「第7」の「勝利」とか「第6」「第9」の「打ち上げ式」とかよりは余程「リアルな」ものであり(最終的に自己のイニシャルをやたらと打ち鳴らす「胡散臭さ」はあるにせよ)、実際、これは彼の「正統的なスタイルに属する」「純音楽的な交響曲」としては、これが「最後のもの」となった。
(彼はこの後、さらに五曲を作曲するにも関わらず、交響詩的な内容のもの二曲、全曲に声楽入りのもの二曲、最後は自伝的なパロディックな内容のもので締めくくり、もはや「イレギュラーな形のもの」しか書かなくなる。)
これは「第5」で確立した彼の「最も中心的なスタイル」の「結論」であり、その「終局的」という意味では「真の第9交響曲」だったのである。(以降、次回。)


ラベル:音楽
posted by alban at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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