2007年06月09日

音楽の「言語性」とは?(115)

「交響曲」において何がしかの「勝利」に類するような「概念」を表現することは、ベートーヴェン以来「典型的事例」の一つとなったと言えようが、ショスタコービチの「第7」のフィナーレ第4楽章は、その「伝統」の最後期のものに属する。
これは「交響曲」ジャンルの「衰退」そのものともリンクしていると思われるのだが、このような「概念」そのものが時代の推移と共に「信頼に価しない」ものとなり、それを表現すること自体が「疑念」を持たれる対象と成り果てたので、後年においては、「胡散臭い」か、「偽善的な」ものとして響きかねない「危険なもの」に変化してしまったのである。
ブルックナーのように「このような問題」に対して、無邪気にも「全く無頓着」で、「本気」でこれを「やってしまう」人もいるが(彼の「第5」とか「第8」のフィナーレに典型的に見られるように。「第8」の最終段階で現れるトランペットの分散和音のファンファーレを聴くと、その「本気具合」に未だに唖然とさせられるのだが。その音楽はしかし「パロディ−寸前」なのである。)、マーラーでは「問題」は特に顕在化しており、彼は様々な「対処法」を開発し、それを曲ごとに驚くべき多様さで「書き分けて」いることは言うまでも無い。
(ブラームスのような人も「この問題」には気が付いており、例の「第1」は「ご愛嬌」としても、「第2」で「祝典的」な終結を書いた後、「第3」で「ワルキューレ」の結びのような静かなコーダを、「第4」では「伝統的な」和音連打によりながらも、厳しい短調の響きで閉じている。)
ここでのショスタコービチは「戦争における勝利の描写」の名の下にこれを「正統化」し、この曲の人気に結びつけた。(さすがに彼も「この手」は何度も使う訳にいかず、次の「第8」では「精神的にはまっとうな」フィナーレを書こうとした。彼の「第9」の結びが「そうしたもの」でないのは「そうである」と信じたがる当局や一部の演奏者以外には明らかだったが、忘れた頃の「第12」で、今度は「革命における勝利」のお題目と共にこの「趣向」は復活を遂げる。しかし、これは全体的には比較的簡潔にまとめられているものの、「第7」ほどには成功せず、共感もされなかった。)
無論、「第7」の時は未だリアルタイムに実際の「戦争」が進行しており、最終的な「勝利」は「来るべきもの」として描かれ、むしろそのことがこの曲の未だに続く「過大評価」につながる「思い入れ」を呼び込んだのだが、その「役割」を一手に引き受けるこのフィナーレは、第2、第3楽章における延々たる「保留」状態から「戦いのさま」の描写と「勝利」の表現まで果たさねばならず、作曲者はさらにクッションとして「葬送」、即ち「尊い戦死者に対する哀悼の念」をこの二つの間に挟み込んだため、内容的には「多くのもの」が期待されるのだが、実際には、それらは充分には行われず、もっぱら「勝利の印象」を強調することで「不備」を消し去ろうと努めているのである。
長さ自体も二つの中間楽章とほぼ同等であって、「ボレロ」で肥大した冒頭楽章に匹敵する訳でなく、さりとてこの作曲家の常で、それを埋め合わせするような「密度」も持ち合わせておらず、前記の「戦い」「葬送」「勝利」の三段論法を羅列した「標題音楽のようなもの」として成立している。
この構想のために、ついにこの「大交響曲」は「正規の」アレグロ・ソナタ楽章を失ったまま閉じられるはめになるのである。(これがマーラーなら、フィナーレを冒頭楽章と同等か、それ以上の分量、内容の音楽を書いたことだろう。もっとも、彼はこの曲のような「構想」を抱くはずもないが。)
前楽章からアタッカで続き、序奏部があり、冒頭楽章の不穏な空気を呼び覚まそうとしているが、前述通り、前楽章からの「場面転換」が充分でないため、楽章の継ぎ目は曖昧であり、序奏部自体もベートーヴェン的な「主題生成部」のような見掛けを指向しているものの、第1楽章第二主題と同根の序奏主題に、主部の第一主題の一部と、その主題のハ短調という調性と共にベートーヴェンを思い起こさせる四連音の同音反復音形(これをモールス信号の「V」、「勝利のV」であるとする説もあるが、コーダでやたらと繰り返される所を見ると図星なのであろう。)が順次現れているだけの「荒い造り」である。
その第一主題が「ベートーヴェン的闘争」を模倣しようとしているのは明らかであるが、いささか個性に乏しいようにも思えるその主題は、序奏にも現れる主題開始部の付点リズムを、殆ど以後の展開に「利用しない」奇妙さと共に、過去の彼の交響曲で「聴き覚え」のある、例えば「第5」「第6」のフィナーレのような音調が主体であり、その即興性が「描写的なもの」を指向しているらしいにせよ、単一主題を即刻「展開」することで、これまで浪費した時間の「穴埋め」をしようとしたにせよ、いささか散漫な印象は否めない。この「実体感の無さ」の為か、これを長くは続けず、「信号的にも」意味ありげな四分の七拍子の反復リズムに収斂した後、「中間部」として件の「葬送」のサラバンドが現れ、またもベートーヴェンの影(無論「エグモント序曲」である)が感じられる。(これまたリズム的、調的に第3楽章中間部と類似しており、効果を削いでいる。)
しかし、この後も「闘争的」アレグロのテンポは戻らず、ショスタコービチは第一主題の材料を用いはするものの、この後をそのままのテンポで「終結までの巨大なクレッシェンド」として設定している。これは「第5」フィナーレのコーダへの移行部を猛烈に引き延ばしたようなもので、実に息の長いクライマックスとなるが、最後には、フィナーレ主題と組み合わされてブルックナーばりに交響曲冒頭の主題が回帰して強奏されるに至ると、金管の「別働隊」まで動員した作曲者の躁状態も最高潮となり、圧倒的な音量が、欠点だらけのこの「交響曲」を目出度く締めくくる。
彼はこの巨大な作品を「四ヶ月足らず」という「驚くべき短期間」で仕上げた、とされるが、確かに「そのように作られた」としか考えられない「出来映え」を示している。(「何度聴いても感心出来ない」この曲に今回は敢えて「お付き合い」してみたのだが、やっぱり感心出来ず、「何が気に喰わないのか」について逐一確認させられるはめになった。)
前述通り、因縁深いバルトークの「管弦楽のための協奏曲」が、長さこそ「第7」の半分程度とは言え、期間も半分の「たったの二ヶ月で書かれた」と伝えられ、しかし圧倒的な「充実」と「内容」を示していることを思えば、例の第4楽章における「嘲笑」も、さらに象徴的に際立って来る。
「世間的な成功」という点でも、結局バルトークは「完全に勝利」しており、この曲には作曲を委嘱したクーゼヴィツキーの何年間だかの馬鹿げた「独占演奏権」があったが(但し、彼は困窮し病気に苦しんでいたバルトークに「それが吹き飛ぶような大金」を支払ったそうである。)、それが「期限切れ」を起こした後、指揮者達は争って演奏したがり、それ以来絶える事無く演奏会レパートリーの「王道」で有り続けているのである。
そしてこの作品は、実質的にはバルトーク唯一の、かけがえの無い、見事この上ない「交響曲」なのである。(以降、次回。)
タグ:音楽
posted by alban at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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