2006年01月21日

音楽の「言語性」とは?(43)

「怒りの日(Dies Irae)」は、「レクイエム」を作曲しようとする者にとって常に「難関」であり続けた部分であろう。これはその典礼文の「中心」でもあるだけでなく、「テキスト上の要求」からくる(いわゆる「最後の日」の)「情景描写」への誘惑とその難しさ、とりわけ「妙なるラッパ=Tuba mirum」における「具体的な響き」の「実現」の問題(無論、それなど完全に無視して「歌わせる」ことも可能ではあるが)、またそれに挑んだ場合の「成否」が「レクイエム」全体の出来映えを大きく左右しかねないことはベルリオーズ、ヴェルディの圧倒的「成功事例」が逆に示す通りではある。(フォーレのようにこの問題を=そもそも当該テキストを注意深くも「取り除く」ことで「回避」した例もあるが。もっとも有名な「我を解き放ち給え(Libera me)」=同じテキストが一部出て来る=では「仕方なく」という感じでそれに付曲しており、これが見事に「迫力に欠ける」結果となっている。もっともあの場合は「あれで良い」のではあろうが。)
ブリテンの「戦争レクイエム」の場合も無論この点が(作品の「性質上」からも)重要な部分であったことは確かであろう。即ち、ここで(第一章でも既に部分的に示されていたとはいえ)「戦争」という「状況」の「描写」と「その背後にあるもの」について、ある程度まで「示す」べき役割、もしくは「その必要」があるからである。これを「回避」すれば、曲自体が単なる(ありがちな)「平和を祈るための」、「きれいな音楽」になってしまうところでもあり(これはしかし「戦争レクイエム」なのである!)、また「生々しさ」を(オーウェンの詩の力によって)「封じ込める」ことが作品の質の「保障」ともなるからである。
ブリテンも「最善を尽くして」これに取り組んだと思われるが、その「努力」にもかかわらず(元来「とても短くない」典礼文に、さらに戦争詩を四つも「挟みこむ」という「措置」をとらねばならなかった)=膨大な分量と言っていいテキストを出来るだけ「簡潔に」処理しようとした跡はあるものの=ややポプリ(接続曲)風の作りと、情緒的に異なる(「テキストに即して作曲した」ために)要素がいくつも隣り合っていることで、この作品の中ではやや「集中度を欠く」章となったたことは否めない。(形の上では取りざたされるヴェルディのそれと確かに似ていなくもないが、むしろテキストの処理の仕方から生じた「類似」に過ぎぬようにも思われる。)
ここにはいくつかの痛烈な、また感動的なものを含んではいるが、その描く「対象」同様に結局「未解決」のまま、なのである。(しかし根本的には、この作曲家の「抑えた」、「あまりデモーニッシュではない」作風がこの「結果」に関わっているように思われるのだが。)
曲は三つのファンファーレ音形が並列的に提示されて始まる。即ち、最初の逆付点を持つ上行分散和音、三連符によって特徴付けられる下降(もしくは上行、リズム形は変化しない)分散和音、最後に同音反復を持つ付点モティーフである。これらの「素材」は金管によって奏され、以降、頻繁に「利用」される。これが「妙なるラッパ=Tuba mirum」であるのは当然であるが、何の説明を要しないほどに「軍隊のイメージ」と関連付けられている。続いて「Dies Irae」の合唱が始まるが、直前の「ファンファーレ」にも関わらず、不規則な歩み(四分の七拍子)であり、休符(とバスの刻み)を挟みながら「語られる」。(ややヴェルディのそれを想起させるが、むしろ=音の動きを含め=「本来の」グレゴリオ聖歌が「歪められた」ものと考えるべきだろう。)これは繰り返されファンファーレ群と組み合わされるが、この部分のテキストが「Tuba mirum」であり(砲の響きを思わせる大太鼓も参加する)、結局これらの経過は「一体化」されているのである。これに続いて、相次いで残されていた二人の独唱者=バリトンとソプラノが歌う。(独唱者にはそれぞれソロが割当てられており=ソプラノには合唱が「付き添う」が=テノールはこの章の最後にあてられている。)
バリトンは最初のファンファーレのモティーフを「引用して」始まる。(詩自体が「Bugles sang=ラッパが歌い」でもあり、その「響き」が戦場に「示すもの」を歌う。)この時フルートが三連符ファンファーレを背後で奏するが、これはマーラー「第5」第1楽章の最後でトランペットをフルートが「引き継ぎ」、「遠ざかった」ような効果をもたらしていたのを思い出させる。
続いてソプラノが唐突に典礼文「Liber scriptus」を歌うが、ここで流れは完全に「分断」され、曲想も連続性は途切れ、この傾向は以降も続く。(リズム形や音形といった点では=短長短のリズム、分散和音をもじったような音形など=統一性への「配慮」もないではないが、「細部まで浸透した」ようなものでもなく、「段差」を埋めるには至っていない。ベルリオーズのようにテキストの区切りごとに「別の曲」にする方法もあったはずだが、それではここでは「まずい」のだ。)一見、マーラー「第2」の終楽章のように「進行している」ようにも見えるのだが、あのような最終局面での(音楽的、内容的)「統合」を欠いているために連続的に「諸相」が繰り広げられることになる。(後述する通り、最後の「涙の日(Lacrimosa)」で「統一」を図ろうとはしているが。)ソプラノが歌う付点を伴う「あまり声楽的でない」跳躍音形は、しかしエピソード的なもので、予想に反して、「後で再利用」はされない。
これが途切れて兵士の二重唱「戦場で=Out there」が始まり、兵士と死神との「友情」について歌うが、騎行のリズム(六拍子系)で始まるそれは前章のテノール独唱同様にシニカルで極めて「冴えた」ものである。模倣進行やカノンが多用され、これがカリカチュアめいた「味」を出している。
対照的な次の合唱「Recordare」は、誰にもマーラー「大地の歌」の最終章「告別」を思い出させるが、おそらくはこのモティーフの類似自体(その精神的背景も含め)意識されて書かれているように思われる。(但しマーラーでは「自由リズム」とでもいうべきものに「たゆたっていた」ものが、ここでは拍節的で、むしろ民謡、もしくは労働歌といった「起源」を感じさせる。不協和音、半音階も多用され、マーラーにはあった「理想としての形」も奪われている。)
このテキスト後半には(「Confutatis」以後)アレグロのテンポにより別の音楽が付けられ、またしても「流れ」が遮られるが、引き続くバリトン独唱部分に音形モティーフが受け継がれ(これも「砲の響きを思わせる」ティンパニにだが)、また、室内オーケストラに「Dies Irae」にあった上行音階が「呼び出され」、最初の合唱がトゥッティで「復帰」する。この直後に始まる「涙の日」は=当然テンポを落として、であるが=拍子と合唱のリズムの動きは同じものを用いており、この合唱の断続的な「音形」をソプラノが模倣的に「変奏して」進められるが、このテンポ感と音調からは=またしてもマーラーであるが=「第9」の冒頭楽章で主題が変奏されていく部分を想起させる。(これもいくぶんかは「引用」かも知れない。)
これをしばしば「中断」させながら(「対比」させながら)テノール独唱が「Move him into the sun」と「弔い」を歌ってゆく。このクライマックスは強い印象を与えるが、やがて合唱とソプラノは沈黙し、テノールが「問いを投げ掛けて」(c-fis音の「呼び出し」と共に)この章を「実質上終える」が、最後に「必要な」典礼文「Pie Jesu」が前章の終結と「同じ音楽」(テキストに応じて長さを変えられ、幾分かカノン風な動きが加えられるが)で歌われる。これは巨大なこの章の「終わりを示す」効果以外には「必然性」がないようにも思えるが、その代わりに、この無伴奏合唱の音楽が「Kyrie」の概念のみではなく、より「深いもの」と結びついていることが示されることとなり、「別の使い方」への「保証」が得られることの方が大きい。
案の定、それは以降は「とっておかれ」、「最も効果のあがる個所」で使われることになる。(以降、次回。)
ラベル:音楽
posted by alban at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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