2008年02月23日

音楽の「言語性」とは?(143)

ショスタコービチ「交響曲第13番」の第2楽章には、彼の交響曲では多くみられる通り「スケルツォ楽章」が配置させられているのだが、前回述べたように、いつもの「場面転換」的な意味とはやや異なり、いわば「再起動」が主眼とされているため、音楽は彼得意の「ひねくれた調子」より「もっと芝居がかった」、オペラの一場面のような喜劇性が強調されるものとなっている。
無論、それはテキストの流れに沿った形で行われているのだが、その身もふたもないタイトル「ユーモア」に即して、かなりパロディックであり、彼が若い頃から好んでいた通俗音楽の調子(かねてから、「スケルツォのトリオ部」などには良く用いられているのではあるが)や民俗音楽、「第11番」をでっち上げるきっかけにもなった「革命歌」の引用まで飛び出して、これらが楽章全体を覆い尽くす。
これらが、いわば「庶民の音楽」を意識した結果であるのは確実であって、彼自身の「いつもの調子」の出現も含め、その「意図する所」は明らかであろう。
(ここでの、「やや度の過ぎた」筆致や、彼独特のキンキンした管弦楽の音色も、声楽の「渋い音色」で幾分中和される上、その音色が「皮肉っぽさ」も強調する効果も生み出している。)
声楽部の扱いは、ここでもムソルグスキーの「影響」が良く指摘される所で、例の有名な「蚤の歌」とも根本的に共通する所のある詩の内容(擬人化された「ユーモア」が、権力やその暴力にも屈しない自由闊達さで暴れ回る、といったものだが、処刑場に引かれていく、という点も含め「ティル・オイレンシュピーゲル」を思わせる点がある。無論、R.シュトラウスとは違い、ここでは「逃げおおせる」のではあるが。)もあってか、誰が聴いても「彷彿とさせられる」類のものである。
ともあれ、詩に沿った進行のため、通常の「スケルツォ」の形式は「下敷き」程度のものに留まっているが、「無声のコメディー映画の伴奏音楽」のようなそれは、冒頭から「音楽的滑稽さ」の羅列であり、木管のハ長調の和音に続いて現れる弦のユニゾンによる「des-ges」の遠隔調の動き、変ホ長調と思われる音階的上昇の反復、変ホ短調の下降分散和音、固執されるハ長調和音の繰り返しと続く「空中分解のような開始」は、結局「得意のギャロップ調」になだれ込むものの、その先も同音反復ばかりのぶっきらぼうな独唱、かけ離れた音程での合唱の入り、という具合に、「脈絡の薄い要素」の「唐突な併置」というハイドン以来の「大原則」を忠実に守っており、それは歌詞など無くとも「そのようなもの」であることは明らかに解る。
(この「解りやすさ」はショスタコービチの音楽では「むしろ異例なもの」で、交響曲の「スケルツォ」では「第5」のそれがやや近い。ここでは詩の流れに「添う」関係で、「形式」が極めて曖昧だが。)
以後、ワルツ調(それこそ「第5」を思わせるソロ・ヴァイオリンも出てくる。)や、冒頭楽章の開始をもじった民俗音楽調の部分、という具合に続くが、この後で現れる印象的な管弦楽の「やや長い間奏」は、彼自身の「同じような歌詞を持つ歌曲の引用」とされ、それは「間違いなくその通り」なのだが、「裏読み」が過ぎるのかどうか、これを曰く付きのバルトーク「管弦楽のための協奏曲」の例の第4楽章、「第7交響曲」を茶化したという音楽に出てくるメランコリックな旋律の「もじり」だという「説」があるらしく、これについては作曲家がそれと言明していない限り(仮にそうだとしても言わないとは思うが)「眉唾」としておこう。確かに「その一件」以来、「バルトークの音楽と思われるもの」が彼の作品に「強迫的に」現れるのは述べた通りだが、これも繰り返す通り、彼の「フィルター」は「かなり甘い」のであって、「過去に聴いた音楽」とか「書いた音楽」が容易に、無意識に「新作に入り込む」確率が高く、「本当にそうかどうか」は、ただ「本人がそのつもりだったかどうか」の一点にかかっているため、真実はまさに「霧の中」なのである。(それに、そもそも当のバルトークの「メランコリックな旋律」自体が、「ハンガリー人なら誰でも解る引用」の類らしいことには触れておこう。そして、「バルトークの」ならば「こうしたこと」は間違いなく「確信犯」なのである。)
ともあれ、これは額面通りの「ふざけた間奏」と採るべきであろう。
「引用の解釈」は「実際の音楽」よりも「それを立派に見せる」危険があり、繰り返す通り、ショスタコービチの場合では、「本当に買いかぶり」である可能性が相当に高い。
ともあれ、ドイツ流の「フモール」とはかけ離れた「乱痴気騒ぎ」は、その旋律と共に、彼の若い頃の闊達さを思い出させながら、目出たく「打ち上げ」となる。
そして、これを最後に、彼はこのような「陽気な音楽」を書かなくなるのである。(以降、次回。)

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2008年02月16日

音楽の「言語性」とは?(142)

ショスタコービチの「交響曲第13番」が「バビ・ヤール」と呼ばれるのは、その第1楽章がその題を持つ単一章のカンタータとして作られたことの名残りでもあるが(これは最初「交響的ポエム」という、「ちょっと困った名前」で呼ばれていたようである。)このために通常の「交響曲の冒頭楽章」が果たすような役割、即ち、「全曲を規定するような音楽的モティーフの提示」であるとか「中心楽章」としての「アレグロ・ソナタ」を満足させるようなもの(そもそもショスタコービチではこれが「難しいこと」ではあるのだが)は期待出来ない。
前回述べたように、この「交響曲」では、詩の内容に応じた全体の「方向性」「関連付け」は行われるにせよ、それは冒頭楽章で規定される、というよりは後続楽章によって「継承される」ために「持続」が生じているのであって、しかもその「連続性」は決して強い訳でも無い。
さて、この第1楽章が「交響曲への昇格」にあたって何か変更されたり、拡大されたり、というようなことがあったかどうかは良く解らないが、むしろ「出来具合」を見て「続き」を書こう、と思い立ったというのが筋、という所で、このおかげで、そのまま単一章のままであったらせいぜい「問題作」程度で埋もれただろうと思われるものが、「大きな成果」までに昇華したのである。
構成は詩の内容に沿って生じているが、暗く重い第一主題部とややスケルツァンドな第二主題部、推移部と第一主題部に基づくクライマックスを経て曲頭の雰囲気に戻っていく、という具合で、各部が詩に応じて変化し、それぞれ長さも変わるため、ロンド・ソナタ形式の名残があるようにも見える。
序は無く、いきなり第一主題部から始まるが、これは自然短音階による低音部の旋律に金管の半音階的上昇に始まるモティーフが対比される二層構造であって、これは「単一的でない」性格、この曲の「批判精神」を反映しているとも思えるが、彼好みの「長ー長ー長ー短ー短」の四拍子の引きずるようなリズムの反復を伴って、強い短調の性格と共にこの楽章の基調を形作る。
開始と同時にチューブラ・ベルで主音の変ロ音(変ロ短調の調号が与えられており、フィナーレも明確に変ロ長調で書かれている。)が鳴らされるが、これはフィナーレの最後でも余韻を残し、この「交響曲」の統一感を与える、単純だが極めて効果的な手段となっている。これが「弔鐘」であることは明らかで、友人でもあるブリテンの最高傑作「戦争レクイエム」で同じように曲頭と結尾で鳴らされる「鐘」を思い出させるが、奇妙な事にこの二作品はほぼ同時期に書かれており、「何らかの影響」は前後関係というよりは、二人の作曲家の「交流」がもたらした「偶然の一致」か「アイディアの共有」というものかも知れぬ。(但し、ブリテンの作品の初演後にショスタコービチは「残りの四楽章」を仕上げており、この「鐘」が「後から付け加えるもの」としては極めて簡単な手段であることを考えると、冒頭の鐘の音自体、ショスタコービチが「拝借して」後から書き加えたものである可能性は高いような気がする。この曲が「交響曲」となったのも、ブリテンの最上の作品の「影響」かも知れぬ。不勉強にして「この関係」について触れているものを読んだ事が無いが、「全く関係無い」とは私には到底思えない。)
第一主題部の旋律の運びはいかにも「ロシア風」であって、彼自身の「第11番」を埋め尽くした例の陰鬱な雰囲気とも近いが、とにかく声楽部は調性的、自然短音階的な色合いが強く、彼の偏愛する短三度、短二度音程の「徹底的な作曲」の感がある。これは第二主題部においても同じであり、いずれにせよこの「伝統的ロシアスタイル」は、どうしても「ボリス・ゴドゥノフ」を思い出させる音調と共に、「抑圧された民」のヴィジョンを蒸し返している。(彼がここでムソルグスキーを思い出しているのは次作「第14番」へのその影響=彼はムソルグスキーの歌曲集「死者の歌と踊り」のオーケストレーションまでしている=を考えても、確実なように思われる。)
彼の作品として特に目新しい構成などは見られないが、ここでも、主部の再現とクライマックスを一致させる、という彼の交響曲でお馴染みの手法があり、これは彼の「主系列」の作品である「第5」「第8」「第10」などと同じであり、この音楽を「交響曲」と思わせる効果を持っている。
もっとも、それらの作品とは違ってそもそもが単一章であるために「語り終えること」が求められていることには変わりなく、結びにかけて増していくレチタティーヴォ的要素による強調もそれを示しているのであるが、そのため続く楽章が同じように「スケルツォ」であると言っても、他の交響曲ではそれが全体の流れの「中断」を示しているのに対して、「第13」では「再開」である、という本質的な違いがあり、このため、この曲の第二楽章は「過度なまでに道化ていること」が要求される。
そこに用いられた詩、「そのものずばり」のタイトル「ユーモア」はそれを正統付けるにはもってこいの「素材」なのである。(以降、次回。)
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2008年02月09日

音楽の「言語性」とは?(141)

ショスタコービチの「交響曲第13番」は、彼の晩年を飾る「三大交響曲」の最初のものではあるが、「交響曲」としての外観は楽章配置の仕方にその名残がうかがわれるものの、実際には多楽章の「カンタータ」であって、例の「森の歌」などとその意味では大差無い。
そもそもこの曲は、エフトゥシェンコとかいう若い詩人の「バビ・ヤール」という「ユダヤ人、ウクライナ人がナチス・ドイツによって虐殺された土地の名が付けられた詩」に触発された作曲家が単一楽章のカンタータを書き、特に「以後の展開」については念頭に無かったというのであって、しばらくたってから「交響曲」の形に膨らまそう、と思い立ったらしく、この際に同じ詩人の別の詩を持ち出してきて、さらに新しい詩を一つ提供してもらい最終形態とした、という成り立ちを持ち、このため「寄せ集め」という訳ではない「脈略」が、それなりに設けられており、少なくとも友人ブリテンの「春の交響曲」よりは「それらしい仕上がり」となっている。(これはマーラーが「大地の歌」を「歌曲集」のつもりで書き始めたものの、結局「交響曲」に他ならぬ、ということで仕上げた、という経緯を幾分思い起こさせるが、この前例を彼は知っていただろうか。)
詩の内容は、それぞれ特に関連性がある訳では無く、とりわけ深刻な内容である冒頭楽章以後、ソヴィエトの社会批判や体制批判的な内容という点で共通性はあるものの、あくまで作曲家の「配慮」によって全体の纏まりが確保されており、ここに「交響曲」たる由縁も見る事が出来よう。(「第13」全体が「バビ・ヤール」という名で呼ばれるのは、このため適当なことではなく、もっと何か「象徴的な名」が必要であったろうが、むしろこの際、削除して呼ぶべきであろう。)
さて、端緒である「バビ・ヤール」がファシストへの糾弾だけであれば問題は無かったろうが、実際には「ロシアにおけるユダヤ人問題」についても触れている、となると事は穏やかでは無く、他の楽章が「もっと露骨な」体制批判とも取れる内容とあっては、この「国民的大作曲家」の作品の歌詞が「一部訂正を強いられた」、というのも無理からぬ話で、他にも「演奏拒否」という事態まで引き起こしたらしいのだが、それにしても、前二作の題材の選び方からは想像も出来ぬような「危険な問題」に取り組む、という「ぶれ方」は理解し難く、同じ人物とは考えられぬようなものである。
ともあれ、「全曲に渡って歌われる交響曲」は彼としても初めての試みであり、「前例」として有名なのはメンデルスゾーンの「2番」や、マーラーの「8番」や「大地の歌」、ヴォーン・ウィリアムズの「1番」などがあるが、彼がここでもマーラーを拠り所としているのはおそらく確かであろう。(それまで彼は非常にイレギュラーな「第2」と「第3」でしか声楽を用いなかったが、それらはむしろ「添え物」のように響いていて、そこでは重要なのはむしろ管弦楽部における「実験」であるように見える。)いずれにせよ「詩」は相当に重視されており、時折現れる比較的長い管弦楽部や、マーラーの「第8」ほどには厳密では無いものの、楽想の共有と変化による書法が「交響曲」としての面目を保つ。
第3、第4楽章がやや似通っているものの、ここではショスタコービチの典型的な「パレット」が総動員され、最良の形で纏まった観があり、声の使用のためか晩年に向かって色濃くなる、痩せたテクスチュアや気難しい無調性の影も薄く、重苦しい内容の割には聴き易く、解り易い。
その「声」がバス独唱とバス合唱、という異例の形によっているのは、無論ブリテンのような「同性愛趣味」が影響したものでは無く、そもそも冒頭楽章がこの編成で書かれ、それが継承されたものであろうが、「混声を使用した場合」における「コミュニティの雰囲気」を出さぬ、テーマにふさわしい「プロテストの感じ」を良く現わしており、大成功と言えよう。
そして当初感じられたかも知れぬ「生々しさ」も薄れた現在となっては、おそらく彼の「最良の作品の一つ」であるらしいことも明らかとなったが、残念なことに当初の「ケチ付き」もあってか、なかなかディスク以外では耳にすることが出来ない。(以降、次回)

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2008年02月02日

音楽の「言語性」とは?(140)

さて、内容、価値の善し悪しはともかくも、作品を積み重ねて「交響曲作家」にとっての「運命の数字」である「第10」を無事クリアしたショスタコービチではあったが、その後の「第11」「第12」では「ほぼ堕落に近い」とも言えそうな、恥も外聞も無いようなものを「交響曲」として発表する、という「ご乱心ぶり」となり、この有様からして=「当局」以外は別としても=最早、彼に「この分野で何か期待する」のは到底無理なようにも思われた。(とは言え「他の分野」に「特筆すべき物」があったとも言えず、お仲間の為に書かれた協奏曲とか、何故か過大評価される、数の割にはどうも中身の乏しい弦楽四重奏曲などが「主なもの」であって、他の作曲家の一部に見い出し得る「晩年の充実」には程遠く、ごく一握りの作品を除けば、御立派な「作品表」とも言い難い。)
実際、この有名な「シンフォニスト」は「第10」を最後に、「栄えある交響曲の歴史」を継ぐような「まさにその名にふさわしい作品」を結局書かなかったのは既に述べた通りである。
さきの二曲は無論「選外」としても、彼の作品としては「傑作」と言って良い最後の三曲も「そういう意味」では結局の所「異形」と呼ぶ他無いもので、「第13」は実質的には「カンタータ」であり、「第14」は「オーケストラ伴奏による連作歌曲集」なのであって、これらがわざわざ「交響曲」と呼ばれているのは「構成上の理由」とか、彼には求め得ない「綿密な主題連関」とかの理由ではなく、その「内容的なヴィジョン」の大きさ、広さによって「その名がふさわしい」とされているからであり、この意味では相当に偏狭なものである「第2」や「第3」、どうみても「交響詩」でしかない「第7」や「第11」「第12」などよりは余程「その資格」があるとも思える。
逆に外見上では唯一「交響曲らしいもの」である「第15」は、しかしその「器」が「極めて自伝的な内容」と「引用とパロディー」によって見事なまでに「意図的に骨抜き」にされており、他の二作と比べても、かえっていまだに聴き手を惑わせる、見ようによってはショスタコービチの「様式の集大成」と言って良いようなものとなっている。
「第13」は当初から「交響曲」として構想されたものでは無いというものの、これらの三作は最終的には「三部作」のような纏まり方をしており、彼が「殆ど死を覚悟」して、「遺言」として書かれた、とも言われる見事な「第14」を中心として、文字通りの「最後の一花」を聴かせてくれる。
「第15」の一見意味不明な内容も、なお生きながらえた末の「最後の交響曲」として狙い済まして書かれていることは明らかで、もはや感傷味の抜けきった不思議な音を鳴らし続ける、自然現象をそのまま映し取ったような、妙に静謐なコーダを響かせて別れを告げるまで、これはこれで見事な「締めくくり」であって、ベートーヴェンでもマーラーでもなかったショスタコービチの「交響曲」を、最後には彼らしく皮肉っぽく閉じていく「幕引き」である。
これらが無くてはショスタコービチの「作品表」は相当「お寒いもの」になることは確かで、例え「第5」が未だに「最高の人気作」であるとは言え、彼が後世に余韻を残す作曲家であるためには、
先に述べた「弦楽四重奏曲」などでは「事足りる」とは到底思えない。
不思議な事に、ここではショスタコービチの音楽は、まだ「豊かさ」を残しており、「ヴィオラ・ソナタ」にしびれる向きには不満だとしても、彼の美点でもある「ポピュラリティ」と「内容」が高いレヴェルで調和した、ショスタコービチの「最高の作品」を見て取れるのである。(以降、次回。)

タグ:音楽
posted by alban at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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